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●天朝田畝制度 てんちょうでんぽせいど

アジア 中華人民共和国 AD 

 1853年(咸豊3)太平天国が南京を占領して制定した土地・社会経済制度など。いずれも周の宮制を参考にして書かれたものである。まず,土地制度については,田を上々から下々に至る9等に分け,16歳以上の男女に田を均等に給し,私有は認めないというものであり,農業共産主義的思想によって構想されたものであった。軍事組織としては,5人を伍,5伍を両とし,その上の単位としては,卒・旅・師・軍が置かれ,それぞれに伍長,両司馬などの長が置かれ,兵農一致の組織となっていた。社会の基本的な組織としては,25戸が1集団となり,国庫・礼拝堂を設けていた。官吏の昇進は,両司馬以上の諸官の推挙によって決められ,奏によって退けられた。司法制度は,25家ごとに両司馬に訴え,順次上告して天王の裁断を受けた。以上が天朝田畝制度のあらましであるが,『周礼』の大同の理想を描いたものであり,太平天国の理想主義の現れであった。