●伝説 でんせつ
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民間伝承または言語伝承の一種で,古来の「いいつたえ」や「いわれ」などにあたり,もともと真実と信じられる事件について伝えられるもの。【意義と特質】広い意味の散文伝承は,しばしば神話と伝説と説話とに分けられているが,それらの3者の区別は,必ずしも明確にたてられるものではない。一般に伝説というのは,いわゆる神話と同じように,何らかの真実性を備えながらも,いわゆる神話と異なって,はるかな原古にさかのぼることなく,それ以後の時代と結びつけられている。そのような伝説の特質は,また昔話との対比を通じて,一層明確にとらえられるようである。日本民俗学の立場では,グリムなどの見解を受けて,昔話と伝説との相違が,次のような諸点を中心にまとめられている。すなわち,第1に,昔話は誰からも信じられていないが,伝説はある程度まで信じられている。第2に,昔話は「昔々,ある所」の物語であるが,伝説はどこか決まった場所と結びつけられている。第3に,昔話はなにかきまった形式をもっているが,伝説はとくにこれという形式をもたないというのである。そのような規定の重点は,伝説が単なる空想ではなくて,何らかの真実に支えられており,その報告として信じられたということである。伝説がそのように信じられたのも,それが特定の場所と結びつき,また特定の事物と結びついたためであった。その限りでは,あえて複雑な構造をとるまでもなく,また面倒な形式に従うまでもなかった。柳田国男の民俗の分類によると,この伝説という項目が,第2部の言語芸術と第3部の心意現象との中間に置かれている。一般に伝説と呼ばれるものは,おおむね言語伝承の領域で取りあげられているが,また信仰の部門に属するともいえるわけである。伝説が何かと結びついて,まじめに信じられていたのは,歴史との深いつながりを示すものといえよう。古くさかのぼると,歴史というのもまた,記憶によって保たれて,口から耳へと伝えられていた。その初期の段階では,いわば伝説そのものが,歴史として語られていたといってよい。そのような言い伝えのなかから,文字で記された歴史が生まれて,口から耳へと伝えられる伝説と分かれたのである。しかも,知識の開発につれて,旧来の伝説のままでは信じられなくなった。それでも,何とかして信じていたいというならば,少しでも信じやすい形に改めなければならなかった。そのために,ある種の伝説は合理化されて,文筆の歴史に接近したのである。その歴史化の過程を通じて,伝説における人名や年代も,しだいに明らかな形をとってくる。たとえば,もともと神の大子の降臨を信じていたのに,それを弘法大師の遊行に置き換えて説こうとする。そのような合理化や歴史化は,とくに社寺の縁起に著しかったといえよう。伝説の一部分は,そのように歴史に近づいたが,その大部分は,さらに別の方向をたどっていた。伝説が決まった型をもたないのも,その豊かな可能性を示すものといってよい。実際に,ただ一つの伝説が,相手と場合とに応じて,幾通りにも言い換えられる。伝説の信憑性を高めるように,その語り方に工夫をこらすにつれて,おのずから文芸化の方向をたどるのである。そういうわけで,この伝説の1項は,歴史と文芸との中間に据えられてもよかろう。しかし,伝説そのものは,いわゆる伝説文学と違って,ただちに文芸の範囲におかれるものとはいえない。
【範囲と種類】これまでの日本民俗学では,そのような伝説の特質にもとづいて,さまざまな伝説の分類を進めてきた。柳田の『木思石語』などによると,厳密な意味における伝説は,それぞれの中心をなす事物によって分けられるという。実際に,柳田監修の『日本伝説名彙』では,多くの伝説の資料が,(1)木の部,(2)石・岩の部,(3)水の部,(4)塚の部,(5)坂・峠・山の部,(6)祠堂の部というように,大きく六つの部門に分けて示されている。そのような伝説の分類は,おもに採集の便宜のためにとられたもので,これからの伝説の研究にとってただ一つの方法とはいえない。『日本伝説名彙』の監修者も,その巻頭の「伝説のこと」で,ひととおり伝説の成り立ちについてわかったならば,その発生の順序によって分けるほうがよいかもしれないと,さらに新しい提案を行っている。さしあたりその分類の指標として,伝説の管理者や発想法などに注意しなければならない。まず,柳田の説のように,一族・社寺・史家・文人など,伝説の管理にあたる主体によって,その発生や展開をたどることができよう。また,和歌森太郎の説によると,伝説の説明にこもる発想法によっても,その新旧の段階を分けることができるという。それとともに,弘法大師や小野小町や源義経など,伝説の説明に伴う人名によって,その合理化や歴史化の過程を探ることも考えられる。そこでは,大師伝説や小町伝説や義経伝説など,歴史上の人物による区分も,やはり学問上の意味をもつものと認められる。もとよりそこに至るまでには,木とか石とかいう便宜上の分類に従って,多くの資料の吟味を重ねなければならない。あるいは,『日本伝説名彙』の方式をとりながらも,村や家のいわれ,祭礼や行事のおこりなど,いくつかの新しい項目を増やすことも考えられる。今日では,ヨーロッパの諸国でも,伝説研究の気運が高まっているが,1961年(昭和36)から1963年にかけて口承文芸の国際会議では,伝説の分類案がまとめられた。それによると,広い意味の伝説は,(1)始源論および終末論に関する伝説,(2)歴史および文明史に関する伝説,(3)自然を超越した存在と威力および神話に関する伝説,(4)宗教に関する伝説および神と英雄との伝説というように,大きく四つの部門に分けられる。しかし,この新しい分類案が,そのままわが国の実情に適するかどうか,かなり慎重な検討を要するようである。それに対して,わが国の言語伝承の研究では,関敬吾の伝説の分類案が,『日本民俗学大系』10の「民話」に示されており,その精細な項目が,『日本民俗文化事典』の「伝説」にあげられている。どちらにしても,『日本伝説名彙』の方式よりも,一層広い範囲にわたっており,(1)説明伝説(自然伝説),(2)歴史的伝説(歴史伝説),(3)信仰的伝説(信仰伝説)というように,大きく三つの部門に分けられている。さらに,荒木博之・野村純一・福田晃・宮田登・渡辺昭五の共編によって,『日本伝説大系』の刊行が続けられているが,そこでは,(1)文化叙事伝説と(2)自然説明伝説というように,大きく二つの部門に分けることが試みられている。実際には,歴史的伝説とか,信仰的伝説といっても,おおかたは説明伝説として伝えられており,この文化叙事伝説というのも,ある程度まで自然説明伝説と重なり合うことであろう。それにしても,これまでの伝説の研究が,ほぼ説明伝説や自然説明伝説に限られていただけに,新しい分類の試案が,そのほかの部門の伝説に及んでいるのは,まことに重要な意味をもつものといってよい。〔参考文献〕柳田国男「伝説」『木思石語』(『定本柳田國男集』5),1962,筑摩書房
関敬吾「民話」日本民俗学大系10,1959,平凡社