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●天津条約 てんしんじょうやく

アジア 中華人民共和国 AD 

 天津において,清国と諸外国間に締結された17の条約の通称。まず,1858年(咸豊8)アロー号戦争の結果,露・米・英・仏と清国間に結ばれた条約について述べる。英国のエルギン・仏国のグロ・米国のリード・露国のプチャーチンの4全権は,清国全権耆英・桂良・花沙納と交渉し,天津でそれぞれ条約を結んだ。そのおもな点は,(1)英・仏両公使の北京駐在の承認,(2)キリスト教布教の承認,(3)英・仏両国の商船の内地河川航行の自由を許可,(4)英・仏への賠償金の支払いであった。この条約は片務的最恵国待遇が含まれており,広範な外国の特権を規定し,アヘン戦争に始まる清国の開国を制度的に完了させたものであった。また,それ以後の不平等条約の根幹となった。しかし清国ではこの条約に反対し,1859年,批准交換に来た英仏公使を砲撃,英仏両軍は北京に侵入し,批准交換を行った。このほかに1885年には,清仏・日清間に結ばれている。