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●天正遣欧使節 てんしょうけんおうしせつ

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 キリシタン大名大村純忠・大友宗麟(義鎮〈よししげ〉)・有馬晴信が,1582年(天正10)にローマ法王グレゴリウス13世のもとへ派遣した少年使節。正使は伊東マンショと千々石(ちぢわ)ミゲル,副使として中浦ジュリアンと原マルチノの二人が従った。彼らはいずれも14〜16歳の少年であった。イエズス会のヴァリニャーノの提案を受けいれて,異国を見るのに少年の感受性に期待したのである。長崎港を出発してマカオ・喜望峰を経てリスボンに着いたのは1584年8月。スペイン王フェリペ2世に謁見したのち,1585年3月にローマに入った。グレゴリウス13世に謁見し,その足元に接吻して敬意を表し,大歓迎を受けるとともにローマの市民権を与えられた。1590年(天正18)に帰国。1587年に豊臣秀吉禁教令を出したため,帰国してからの伝道という目的の一つは果たすことはできなかったが,使節の持ち帰った印刷機・活字鋳造機などの品々が,日本文化に与えた影響は大きかった。