●天寿国繍帳 てんじゅこくしゅうちょう
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中宮寺にある絹地に色糸で刺繍した作品。今は断片を集めて1枚にした縦88.8cm,横82.7cmの小さなものであるが,かつては大きな繍帳で飛鳥時代の絵画・染色・刺繍の技をしのばせる遺品である。亀甲内に4文字ずつ計400字の銘文は,ほとんど失われたが,幸い『上宮聖徳法王帝説』に記載されていて製作の由来がわかる。それによると,推古天皇の30年に聖徳太子が亡くなられたので,王妃橘大女郎(たちばなのおおいらつめ)は,太子が往生されたという天寿国のさまを図像によって見,太子をしのぼうと思い,東漢末賢(やまとのあやのまっけん),高麗加世溢(こまのかせい),漢奴加己利(あやのぬかこり)に下絵を描かせ,宋女(うねめ)たちを使って繍帳2張を完成したという。当初の図様がどのようなものであったかは,小さな断片から知ることはできないが,朝鮮からの渡来系絵師が描いた下絵は,中国の六朝時代の画風をよく伝えている。