●デ=レーケ
ヨーロッパ オランダ王国 AD1842
1842〜? 輪中の技術指導をした土木技師。オランダのズトラン州コリンズ,プラート府生まれ。1873年(明治6)9月,31歳で日本政府に招かれて1901年(明治34)まで,日本の河川の砂防,港湾諸事業の技術指導に当たった人である。彼は当初1873〜1880年ごろまでは関西方面の河川改修を担当し,淀川水系の砂防や河川改修につとめ,安倍川築港(大阪開港)の諸計画を実施指導している。淀川改修は典型的なオランダ工法で粗朶工水制とケレップ水制の技術を日本に紹介・普及している。その後,淀川上流地域の禿山に対する砂防工法の重要性を説き,治山・治水をといた。それは砂上げを防ぐための工夫であり,山腹砂防や砂防ダムの必要性を説いたのである。その後東京に移ったのちは,木曽川治水に力を尽くした。これも淀川のごとくオランダ技術導入をもととして行われた。常願寺川・吉野川,さらには東京の分流式下水道計画をしている。分流式が得意の人であり,のち中国でも黄甫江航路改良に努めた。