●寺子屋 てらこや
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江戸時代の庶民教育機関。寺院や民家を校舎とし,僧侶・浪人・医師などを教師として,読み・書き・そろばんを教えた。商業資本主義の台頭,農村の商工業化に伴い,庶民のあいだで学問に対する必要性・要求が生じてきた。入学したのは6,7歳から12,13歳程度の子供で,都市においては女児も多く,裁縫・茶・花などもその教授内容となっていた。教科書は『実語教(じつごきょう)』『童子教(どうじきょう)』『庭訓往来(ていきんおうらい)』などの往来物が中心であった。それらを通して,社会生活に必要な知識・技術を学ばせることを主眼とし,芸術的・学問的な観点はほとんどみられない。徳川吉宗は室鳩巣(むろきゅうそう)に教科書をつくらせ,幕府としても寺子屋の庶民教科機関として,着目していたことがわかる。幕末になると,風水火災・飢饉・社会不安の増大により,閉鎖するものも現れ,明治以降は小学校のため衰え,消滅していく。