●テュイルリー宮殿 テュイルリーきゅうでん
ヨーロッパ フランス共和国 AD
パリ,セーヌ右岸にあった旧王室。この河岸に瓦(テュイル)を焼く職人が集まっていたところからこの名が生じたという。アンリ2世の死後,摂政となった王妃カトリーヌ=ド=メディシスが,旧居のトゥールネル宮殿を嫌って造営を命じた(1563)。工事はアンリ4世時代に続行され,ルイ14世のもとで当初の設計を超える形で一応完成した。同時に付属の庭園も造営され,現在のチュイルリー公園の原型ができた。宮廷のヴェルサイユ移転によって荒廃したが,フランス革命が始まってルイ16世はここに帰還した。1792年6月20日民衆が侵入して王に革命帽をかぶらせる事件があり,同年8月10日暴動では民衆が襲撃して護衛隊と戦闘をまじえ,王は議会に逃げた。翌年国民公会および公安委員会がここに置かれる。ナポレオンが宮殿として改修し,ルーヴルと接合したが,1871年パリ=コミューンで炎上し,1882年大部分が取りこわされた。