●テヘラン
アジア イラン・イスラム共和国 AD
イランイスラーム共和国の首都。人口は約450万人(1976)で,イラン最大の都市である。すでに10世紀以前の史料において,その存在が知られていた。当時,テヘランは小村で,住民は略奪や追い剥ぎに従事していた。サファヴィー王朝(1501〜1722)の成立後,町は飛躍的に拡大した。初期の首都カズヴィーンに近く,町の近郊のシャー=アブドル=アズィーム廟に国王が巡礼する際の立ち寄り先として利用されたためである。しかし,テヘランが今日の地位を確保する直接の契機は,カージャール王朝(1785〜1924)の創始者アーガー=ムハンマドが,この町を国都に定めたことである。歴代の王が,多くの建築事業をおこし,町の拡大整備につとめた結果,テヘランは首都にふさわしい威容をもつようになった。とくに,ナーセロッディーン=シャー(1848〜1896)はフランス人技師を招き,都市計画にもとづく市域の拡張を行った。近年,地方から人口の流入が著しく,巨大化したテヘランは失業,住宅問題など数多くの社会問題をかかえ,イスラーム共和革命の温床となった。