●デタント
北アメリカ アメリカ合衆国 AD
1973年以降米ソ間にとられた緊張緩和政策。detento の語義は,引いた弓が元に戻るように緊張したものが緩むことがある。1969年1月,アメリカ大統領に就任したニクソンはヴェトナム戦争の収拾に関連,平和戦略を提唱,1972年2月訪中,同5月訪ソ,これを受けて1973年6月ブレジネフ,ソ連書記長の訪米,協定を成立させた。そのなかで,米ソ二核保有国が核不戦の誓いを立てたことは,戦後の世界に初めて本格的緊張緩和の時代の到来を思わせた。ここにデタントのことばが生まれ,とくにソ連は好んでこのことばを用いた。続く1973年10月の第4次中東戦争に際してのいわゆる「危機管理外交」は,その顕著な現れとなった。しかし,その後ソ連はアフリカで武器援助,キューバ兵の派遣を行ってその影響力を強め,かつ海軍を著しく増強した。ここにアメリカ,ソ連のデタント政策に疑念を深め,1979年12月のソ連のアフガニスタン侵攻でその不信を露(あらわ)にしてデタント政策を一擲し,さらに対ソ強硬路線をとるレーガン政権の登場で,米ソは再び険しい対立の時代に突入した。