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●出島 でじま

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 長崎の有力町人25人が出資して長崎港内に築いた人工島。1634年(寛永11)起工,1636年(寛永13)完工。平坪(ひらつぼ)面積3,924坪(1万2,949平方m)余。のち,官有地45坪を追加。初めポルトガル人を収容。1641年(寛永18)からオランダ商館を置きオランダ人の自由な外出を規制した。一般日本人で出入できたのは特定の商人・宿町(やどまち)の指定町人・日雇労務者・遊女・高野聖(こうやひじり)。島は25人の共有。各人出資に応じて持分(もちぶん)をもち,住宅・倉庫を建てて商館に貸す。商館は年額銀55貫を一括支払う。これを「出島賃借料」または「出島宿賃」という。のち,持分を株(かぶ)にして1人1株25株とし,株売買を許した。1672年(寛文12)島内に出島町を置き,25人の株主を出島町人とした。ただし出島町人は出島町に居住しない。1863年(文久2)外人居留地に編入された。以後フランス人・プロシア人も居住。1864年(元治1)拡張して陸つづきにする。やがて港湾改良工事による造成地に囲まれ街中の出島になった。

〔参考文献〕山脇悌二郎『長崎のオランダ商館』1980,中央公論社