●適塾 てきじゅく
アジア 日本 AD1838 江戸時代
緒方洪庵(1810〜1863,文化7〜文久3)が1838年(天保9)に大坂瓦町に開いた蘭学塾。同年億川八重と結婚し協力して経営。1843年過書町(今の北浜3丁目)の商家を購入移転。塾名は洪庵の号適々斎からとった。自らの心に適することを適とする意(『荘子』大宗師篇)。塾則は伝わらないが各自の努力により実力を養う方針が採用されたようである。塾頭→塾監→塾生の指導方式が組まれ,塾生は1〜9等,等外に分かれ,月6回級ごとにオランダ語の会読をし,よい成績の者が上級へ進み,上席者が部屋の有利な場所を占めた。教科内容は蘭書一般にわたった。その名声は全国にいきわたり,入門者は600名を越え(姓名録),青森県を除く全国から参集した。大村益次郎・福沢諭吉・佐野常民・橋本左内・大鳥圭介・長与専斎ら近代日本の建設を担った人材が育った。建物は1964年(昭和39)重要文化財指定,1976年解体修理,完工ののち大阪大学の管理下におかれ一般公開されている。