●デカン高原 デカンこうげん
アジア インド AD
インドの半島部を構成する開析台地をデカンという。その語源は,サンスクリットのダクシナーパタ(Daksinapatha,南の国の意)に由来するといわれ,これはアーリア人が侵入した北インドに対する意を含む。その地形は白亜紀(約1億3,500万年〜7,000万年前)以後の玄武岩噴出と,それに続く地塊運動によってつくられている。すなわち,玄武岩が風化によって黒色綿花土(レグール)となり,地塊運動は西高東低の東西両ガーツ山脈を形成した。この西から東に走る河川と小山脈が,デカンに育ったドラヴィダ文化を北インドのアーリア文化の侵入から守った。南インドは一時的には北インドの王朝の支配に服することがあったが,それは不安定であり,彼らは西アジア諸国と交易関係をもちながら,海洋的な文化を創造するなど独自の歴史・文化を展開した。南インドのアーリア化は5〜8世紀ごろとされているが,ヴィジャヤナガル王国(1336〜1649)のようにデカンのイスラーム勢力としばしば戦ってヒンドゥー教徒の独立を保ち,南インドのヒンドゥー教を擁護して伝統を保った国もある。