●テオドリック
AD456
456ごろ〜526 東ゴート王(在位471〜526)。幼少のころ人質としてコンスタンティノープルの宮廷で生活する。東ローマ皇帝ゼノンによって483年軍指令官,484年コンスルに任命される。488年にはゼノン帝の委嘱によりオドアケルを討つためイタリアに進軍,493年オドアケルを殺害し東ゴート王国を建国する。統治に際して王国内に圧倒的多数を占めるローマ人と東ゴート人の融合を避けるためゴート人だけを古来のガウに定住させ二元的統治を行う。他方ではローマの諸制度を尊重し宮廷の高官に多数ローマ人を重用した。対外的にはフランク王クロヴィスの娘と結婚,その他ゲルマン諸部族の王と姻戚関係を結びゲルマンの大同盟政策を行い,ドナウ河流域に及ぶ広大な領域を支配した。しかしゴート人の信奉するアリウス派とローマ人の信奉するカトリックとの宗教的対立が深刻化して東ローマ皇帝や教皇との関係も悪化,フランクの勢力の台頭もあって彼の政策も失敗した。