●テオドシウス1世 テオドシウスいっせい
AD346
346ごろ〜395 ローマ皇帝(在位379〜395)。軍指揮官テオドシウスの子でスペインに生まれる。父のもとで軍人としてブリタニアで活躍する。376年父が無実の罪で刑死するとスペインのカウカに一時引退する。しかし378年ウァレンス帝がゴート族との戦いでアドリアノープルで敗北し戦死すると F. A. グラティアヌスによって呼び戻され,379年東の正帝に就任した。テオドシウス帝はフン族に押されてドナウ河をこえてローマ領内に侵入したゴート族を同盟者として帝国内に定住させた。383年グラティアヌス帝が暗殺されマグヌス=マクシムスが西の帝位に就任し,その後西の帝位をめぐって内戦がおこるが,彼はマクシムスや簒奪帝エウゲニウスを倒して帝国を統一した。この功績により大帝と呼ばれるが,395年帝国の東部を長子アルカディウスに,西部を次子ホノリウスに,統治を分掌させて没した。これにより東西両ローマ帝国への分裂が決定的となった。テオドシウス帝は熱心なキリスト教徒でアンブロシウスの影響を強く受けていた。異端に対しては厳しい態度をとり380年アタナシウス派を正当とし,392年にはキリスト教を国教とし異教を禁止した。