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●ティルジット条約 ティルジットじょうやく

ヨーロッパ フランス共和国 AD1807 第一帝政

 1807年7月7日・7月9日にフランスがロシア・プロイセンと結んだ二つの条約。ティルジットは当時ブランデンブルク領,現リトアニアにある都市。1806年10月のイエナ・アウエルシュテットの戦いでプロイセンを破り,1807年6月のフリードラントの戦いでロシアを破ったナポレオンはロシアと,ついでプロイセンの講和条約を結んだ。[1]7月7日の条約はロシアとのもので,フランスはロシアのフィンランド自由処分を認め,ロシアは英仏間を調定し,イギリスがこれに応じない場合,フランスと同盟することを定めた。[2]7月9日の条約はプロイセンとのもので,プロイセンはライン川以西の地をフランスに譲り,ワルシャワ大公国を認め,ポーランド分割で得た領土をワルシャワ大公国に譲る。ウェストファリア公国を承認し,1,900万フランの賠償金を支払い,15万人のフランス占領軍の駐留を認めるものである。