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●程明道 ていめいどう

アジア 中華人民共和国 AD1032 北宋

 1032〜1085 諱はコウ※注1※,字は伯淳,明道先生と称された。洛陽を本拠にし,1歳年少の弟,程頤(伊川)とあわせ「二程子」と尊称された。科挙に合格,当初は王安石の幕下にいたが,後に反王安石側にまわる。彼の性格は春風駘蕩をもって形容されるのを常とする。その思想は万物一体を直接提示したところに特色がある。自己と外物の区別をたてず,内外,物我,天人の合一を説くのであるが,それは内心と外界を区別する意識すら忘れる〈内外両忘〉の主張にまでなっている。そしてそのような一体の境地に仁が成立するとしたのが,“万物一体の仁”の論である。これは外物を自己の肉体の延長のように感ずるという,いわば身体的感覚で万物一体をとらえるところに成り立つものである。万物の個別差よりも一体をひたすら志向する彼の姿勢は,道学の一潮流となり,後の陸九淵(象山),王守仁(陽明)らの道学批判者へと引き継がれていった。彼の資料は,朱熹の編集した『程氏遺書』『程氏外書』,および『明道文集』に収められている。

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