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●ディドロ

ヨーロッパ フランス共和国 AD1713 フランス王国

 1713〜1784 フランスの啓蒙思想家・作家。百科全書派の代表的人物。ディジョンに近いラングルの生まれ。父は裕福な刃物製造業者。13歳で僧門に入るが,生地のジェズイット修道学院,ついでパリのルイ=ル=グラン学院で勉学ののち還俗。伝導者の説教文の代作などで稼ぐかたわら独学で知識を深めた。『哲学断想』(1742)や,とくに『盲人に関する書簡』(1749)で唯物論的な考えを示し,ヴァンセンヌに投獄される。1745年以後『百科全書』の編集・出版に取り組み,自らも「美」「多神論」などの項目を執筆。カトリック教会の権威をくつがえし,信仰なき理性・宗教ぬきの道徳を説いた。ルソー・グリム・ドルバックなどと親交を結びつつ,多様なジャンルの創作・評論を手がけた。小説や物語の分野では『修道女』(1760;1769に出版),『ラモーの甥』(1761ごろ;1813に出版),『宿命論者ジャック』(1773ごろ:1796に出版)のように対話形式を導入。戯曲では『私生児』(1757),『一家の父』(1758)などブルジョワ劇を創始した。1759年から美術批評「サロン」をグリムの「文学通信」に寄稿。また『ダランベールの夢』(1769),『ブーガンヴィル航海記補遺』(1772;1796に出版)の哲学論では,人間の本性,精神と物質との関連を論じ,感覚の起源に唯物論的解釈を行った。金銭上の苦労はつきまとったが,エカチェリーナ2世が彼の蔵書を買い,図書係の名目で年俸をくれたので解決した。1773年,女王の招きでペテルスブルクを訪問。帰国後の『クラウディウスとネロの統治に関する試論』(1778)は,最後の告白ともいえる作品で,神ぬきの人間の魂の不滅を説いており,道徳と幸福とが相伴うとして,エピキュロス的な悟道に近づいた。

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