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●帝国議会(日本) ていこくぎかい

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 大日本帝国憲法下で,天皇の立法行為に参与し,立法・財政などのことがらに協賛した機関である。貴族院と衆議院とからなっていた。1890年(明治23)に開設された。日本国憲法が1947年(昭和22)実施されてからは,国会が帝国議会に代わった。以上が帝国議会のあらましである。

 日本の帝国議会は,1890年(明治23)11月29日に第1議会が開会され,1947年3月31日に衆議院が解散され,同時に貴族院が停会されて第92議会が終わることによって(法律上は,貴族院は1947年5月2日に,参議院が新しく設けられるまで存続)事実上,57年間の長きにおよぶ立法府としての政治的・歴史的な使命を果たし,これが代わりとして新しく設置された国会にこれらの使命を引き渡した。幕末以来日本にも,欧米の議会制度に関する知識は不完全ではあったとはいえ,坂本竜馬など先覚者によって日本にも紹介され,成立してから後に明治政府は,政治上の要求にもうながされて,公議を徴するといって,形式的には欧米の議会を真似たような初歩的な国家機関を設置したことも一時あったが,これらが,いわゆる近代的な議会とは似て非なる国家機関であったことは,いうまでもない。さらに,このような機関は,明治政府の基礎が強固なものなるに従って,徐々に政府からは軽視されるようになった。

 1874年1月12日,民間においては,板垣退助および後藤象二郎たちが愛国公党を創立し,それからわずかに5日後の同年1月17日においては,板垣退助および副島種臣(そえじまたねおみ)たちが,時代に先んじて,民撰議院設立建白書を明治新政府にはやばやと提出したのが,民間における議会開設の要求の初めであった。1875年4月14日において,明治政府は,元老院および大審院ならびに地方会議設置を決めるとともに,漸次立憲政体樹立の詔書を出してこれを公表した。このとき立法府としてこれまでの左院に代えて元老院をおいてこれを上院になぞらえ,地方官会議を再興してこれを下院になぞらえたが,実体はいずれも天皇の官吏で構成される機関にしか過ぎなかった。1889年2月11日に,大日本帝国憲法(いわゆる明治憲法)を政府は制定・公布したが,その内容はドイツ連邦とくにプロセインの憲法を参考にすることが多大であったし,帝国議会という名称も,ドイツ帝国の国会(Reichstag)と同じ名称であったが,この帝国議会の設置を規定し,これとともに議院法貴族院令および衆議院議員選挙法などの関係法令をも公布した。このようにして日本で初めて開設された帝国議会は,一方においては,当時ほうはいとまきおこってきた民間勢力を後だてにする意気盛んな自由民権派の運動の成果によるものではあったというものの,他方では,明治政府の中心を権力構造的に把握してきた,いわゆる薩長を中核とする藩閥勢力が,自分らの藩閥支配をできるだけ長く維持するため頭をしぼって,その権限および組織のいずれに関しても,譲るべき組織および権限は天皇の名に隠れて最小限度にとどめ,藩閥勢力に関して,最も勢力温存に有利なようにして,やっと帝国議会を開設して,局面を切り抜けることに成功したのである。

【帝国議会の組織】帝国議会は,貴族院および衆議院の二院からなっている。貴族院は,皇族および華族ならびに勅任された議員から構成されている。皇族の成年男子は全部,華族のうち公・侯爵は25歳(後に30歳)になると誰でも当然に貴族院議員となれるし,伯・子・男爵は25歳(後に30歳)以上の同爵者のなかから互選されて議員となる。勅任議員のその1は,いわゆる勅選議員であって,国家に勲労があり,または学識のある満30歳以上の男子から勅任され,その2は,多額納税者議員であって,30歳以上の男子で,北海道および各府県において土地あるいは工業・商業について多額の直接国税(地租・所得税・営業税・営業収益税)を納めるもの100人のうちから一人,または200人のうちから二人を互選して勅任される。皇族・公・侯爵およびいわゆる勅選議員は終身であるが,しかしその他の貴族院議員の任期は7年であった。

〈第三十三條 帝國議會ハ貴族院衆議院ノ両院ヲ以テ成立ス〉

 議員が二院から成り立っていることは,議会制度の普通の例で,わが大日本帝国憲法もまた,この普通の例に従っているわけである。

〈第三十四條 貴族院ハ貴族院令ノ定ムル所ニ依リ皇族華族及勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス〉

 貴族院はいうまでもなく,衆議院とともに帝国議会を構成する一院であるから,したがって天皇の機関ではなく,国民の機関である。議会制度が,その全体として国民を代表する機関であることを本質とするものである以上,その一院としての貴族院も,また国民代表の機関であることは,きわめて当然の性質である。この点において貴族院は,憲法実施の前まで設けられていた旧時の元老院や,この時代の枢密院とは,まったくその性質が違っている。

〈第三十五條 衆議院ハ選擧法ノ定ムル所ニ依り公選セラレタル議員ヲ以テ組織ス〉

 衆議院の議員は,各選挙区において選挙された者であるが,しかし,議員はいずれの選挙区から選出されるにしても,法律上はその選挙区を代表するものではなく,等しく全国民を代表する者である。

〈第三十六條 何人モ同時ニ両院議院ノ議員タルコトヲ得ズ〉

 議会の二院制度において,両院が必ず別個の議員から成り立つものでなければならないことは,その必然の性質である。もし同一人が同時に両院の議員となることができるとすれば,二院制度の目的は失われてしまう。

【権限】〈第三十七條 凡テ法律ハ帝國議會ノ協賛ヲ經ルコトヲ要ス〉

 帝国議会の権限は,憲法のなかでもところどころに分かれて規定されていて,憲法以外に,議院法によっても定められている。本章中にも,等しく議会の権限に関して,本条以下第40条にいたる4カ条と,第49条ないし第51条の3カ条との2カ所に分けて規定し,さらに第62条以下において財政に関する議会の権限を定めている。第37条は,これらのなかでも,ことに議会の最も重要な権限として,法律の協賛権を定めている。

〈第三十八條 両議院ハ政府ノ提出スル法律案ヲ議決シ及各法律案ヲ提出スルコトヲ得〉

 議会が法律案に協賛するのは,政府から提出された法律案を議決する場合と,議院の側から法律案を提出する場合との二つを含んでいる。

〈第三十九條 両議院ノ一ニ於テ否決シタル法律案ハ同會期中ニ於テ再ヒ提出スルコトヲ得ス〉

 議院の意思は同一会期中においては1回の議決で確定し,再議によってこれをひるがえすことはできないものである。〈第四十條 両議院ハ法律又ハ其ノ他ノ事件ニ付各其ノ意見ヲ政府ニ建議スルコトヲ得但シ其ノ採納ヲ得サルモノハ同會期中ニ於テ再ヒ建議スルコトヲ得ス〉

【運営】〈第四十一條 帝國議會ハ毎年之ヲ召集ス〉〈第四十二條 帝國議會ハ三箇月ヲ以テ會期トス必要アル場合ニ於テハ勅命ヲ以テ之ヲ延長スルコトアルヘシ〉〈第四十三條 臨時緊急ノ必要アル場合ニ於テ常會ノ外臨時會ヲ召集スヘシ臨時會ノ會期ヲ定ムルハ勅命ニ依ル〉〈第四十四條 帝國議會ノ開會閉會會期ノ延長及停會ハ両院同時ニ之ヲ行フヘシ 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ貴族院ハ同時ニ停會セラルヘシ〉〈第四十五條 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ勅命ヲ以テ新ニ議員ヲ選擧セシメ解散ノ日ヨリ五箇月以内ニ之ヲ召集スヘシ〉〈第四十六條 両議院ハ各其ノ総議員ノ三分ノ一以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開キ議決ヲ為スコトヲ得ス〉

3分の1の出席は,議決のみならず議事に必要である。

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