50音順    検 索

●ティーク

ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1773 ハプスブルク朝

 1773〜1853 ドイツの小説家・劇作家1773年ベルリンで生まれた。この年はゲーテの『ゲッツ』の完成の年であった。ティークの愛読書は『ゲッツ』をはじめとして『ヴェルテル』,シラーの『群盗』などシュトゥルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)時代の作品が主であった。1792年より1794年まで,ハレ・ゲッテンゲン・エルランゲンの各大学で哲学と文学を専攻した。その時代にヴァッケンローダーと知り合った。彼は25歳で若死したが,ティークにロマン主義の本質の手ほどきをした。ティークは初期ロマン主義の指導者のなかでは最年少ではあったが,彼の作品には,最も鮮明な形で,シュトゥルム・ウント・ドランクからロマン派への移行をみてとることができる。彼の創作力の最も性格的で運命的な面が如実に示されたのは『長靴をはいた雄猫』(1797)という三幕物のメルヘンであった。この作品が彼のほかの作品に比べて優れた評価をかち得たのは,啓蒙主義功利主義を嘲笑し,前時代の作家たちの道義主義的な喜劇を徹底的にやり玉にあげたことであった。このようにティークの主張するロマン主義的芸術の解釈は,それが主張されるやいなや,直ちにドイツ古典主義の理想とは相いれないものとなった。またレッシングによって提唱された〈秩序の原理〉とは鋭く対立することになった。すなわち,ロマン主義的な灼熱的な情熱にとって,『ラオコーン』のなかにおいて詩とほかの諸芸術のあいだに引かれた厳しい境界線は,まったくないに等しいものとなってしまうのである。つまり,これらの若きロマン派の詩人や批評家たちには,音・色・ことば・たましいというものは,一つの言語表現のもっているまったく異なるそれぞれの局面に過ぎないからである。したがって,ティークの書くメルヘンはグリムのように単純なものではなかった。彼の戯曲『オクタヴィアヌス皇帝』(1804)のプロローグの終わりに載せられている詩〈感能をとりこにする/月煌煌の魔法の夜よ/不可思議に満てるメルヘンの世界よ/いにしえの絢爛たる装いをまとい現われよ!〉は,ロマン主義のポエジーのモットーとなった有名な詩である。ティークは早くから外国文学に関心をもち,シェークスピアを取り上げている。セルバンテスの『ドン=キホーテ』の翻訳(1797)は特筆されるものである。また彼の長編『フランツ・シュテルンバルトの放浪』(1798)はロマン派の教養小説の代表作である。彼の活動はこのようにして啓蒙主義からリアリズムの時代の約半世紀に及んでいるし,ロマン主義的な意味で知識欲旺盛な彼は,あらゆる国々あらゆる時代の素材をとらえることができた。その意味において,彼はロマン主義文芸運動の代表者といって差し支えない。