●庭訓往来 ていきんおうらい
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14世紀中ごろ(南北朝時代)より19世紀後半(明治初期)に至る5世紀余,てびろく学ばれて流布した往来物(教科書)。著者に南北朝時代の学僧玄慧(恵)をあてる伝えがあるが確証を欠き,むしろ内容より中層武家の作と推測される。【編集法上の工夫】本書は漢字のみの和漢混交文体による手紙模範文・模型文を集めた形につくってある。すなわち1年12カ月分に手紙を配して,1カ月往返2通ずつ計24通と「八月十三日状」(写本によっては同十二日状)1通を加えた合計25通より構成されている。ただし各手紙とも,単なる模範文・模型文ではなく,それぞれの手紙文のなかに,当時の社会生活に必要な数多くの語彙を種品別に列挙した単語集団を設けて,これを手習わせるのを大切な目的の一つとする。つまり,類別単語集団をはさんで二つに分解された手紙文の半分ずつを首尾の両端に据え,つなぎ合わせるとまとまった1通の手紙文となるように工夫してある。
【内容上の特徴】各手紙の主題としたところは,新年の会遊(正月状),詩歌の会宴(2月状)・地方大名の館造(3月状),領国の繁栄(4月状),大名・高家の饗応(5月状),盗賊討伐への出陣(6月状),遊戯の競技会(7月状),司法制度・訴訟手続き(8月状),将軍家の威容(8月13日状),寺院における大法会(9月状),大斎の行事(10月状),病気の治療法(11月状),地方行政の制度(12月状)などに及んでいる。平安時代以来の貴族社会における行事である新年の会遊,詩歌の会宴を扱っているし,鎌倉時代の往来から見え始める盗賊討伐への出陣,司法制度・訴訟手続きの分野を収め,南北朝期の往来が重視した寺院における大法事,大斎の行事,遊芸の競技などはもれなく収め,さらに地方領主の地位が安定し領国が繁栄しはじめたと推察される時勢を描くなど,内容が多方面にわたって豊富なのが特徴といえよう。次に類別単語集団のほうでは,衣食住370語,職分職業217語,仏教179語,武具75語,教養46語,文学その他61語で,合わせて964語を収める。まず収録語数の少ない分野に「文学」があって,この部門は能書(手跡)・和学・和歌・連歌・漢詩などの諸項を含むが,本書は和歌と漢詩の2項目のみ扱って16語に過ぎない。香・茶・遊戯芸能・音楽の諸項にわたる「教養」部門の語数も,本書が平安貴族的な趣味を象徴する香を扱っていないために,46語と少ない。多量の語を収める分野の第1は「衣食住」部門であって,当時の上中層武家ないし富裕な庶民が営む生活生態を反映したものと目される。ついで「職分職業」部門217語であるが,農(14語),商(83語),百工・諸商・諸芸の者(79語)の諸項を収めているためである。とくに商および百工・諸商・諸芸の者を扱っているのは,この時代の往来では『庭訓』のみであって,この点に本書が江戸時代より明治初年まで長く広く流布し得た理由の一半が求められる。
【普及の状況】室町時代の宝徳3年(1451)筆本(天理図書館蔵),経覚大僧正筆本(1473以前,謙堂文庫蔵)はじめ安土桃山時代までに筆写した古写本のみで約30種が現存し,中世においてすでにかなり普及した事実を示す。江戸時代に入り,庶民が家庭や寺子屋で教科書の一つとして学習するようになり,盛んに公刊されるに至って普及の速度は倍増した。本文を行書体で大書したため,返り点・送りがな・ふりがななどいっさいを加えずにもっぱら習字用に編まれた手本系が29点,行書体の本文に返り点・返りがな・ふりがなを付して読みの指導も兼ねた読本系37点,難解な語彙や語句に解釈文を加えた注本系24点,同じく略解と挿絵とを加えた絵抄系49点,計139点が今日までに判明している。江戸後期より末期にかけて,子供の理解にとどき興味に訴える絵抄系が主流を占めるようになった事実が注目される。また上記のすべてから,本書は教育史のみでなく,政治史・経済史・文化史・風俗史など,歴史の多くの分野で貴重な資料であることがわかる。
〔参考文献〕石川松太郎編著『庭訓往来』東洋文庫242,1973,平凡社