●程伊川 ていいせん
アジア 中華人民共和国 AD1033 北宋
1033〜1107 諱は頤,字は正叔。父祖の墳墓のある洛陽郊外の伊水のほとりで講学したことから,伊川先生と呼ばれた。兄のテイコウ※注1※とあわせて,二程子と称される。科挙は殿試で落第。元祐年間には崇政殿説書となる。彼は北宋道学の実質的な創立者である。兄のテイコウ※注1※,母方の親戚の張載,また洛陽で名声のあった邵雍と血縁・地縁で結びつき,彼らの死後その弟子たちのかなりを引き取り,道学というまとまった学団を結成していった。彼の思想の特徴は理にある。万物万事には必ず一つの理があり,それら個別的な理は究極的には一つという。これが理一分殊の説である。また人間の場合は,その本性がそのままこの理であるという。これが性即理の説である。それぞれの事物がその特徴をまっとうするところに理が表れ,その理を最終的には一なるものとするこの思想は,道学に共通の万物一体観を根底に据えつつ,万物の差などの原理を同時に確立したものであった。この学説は南宋の朱熹に継承され,理気二元論として完成させられる。なお伊川の場合は,まだ明確な理気二元論にはなりきっていない。主著は『易伝』。他に『伊川文集』があり,朱熹の編集した『程氏遺書』『程氏外書』に語録が集められている。
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