●鼎 てい
アジア 中華人民共和国 AD
中国における3本足をもつ円底の容器。平底もあり,のちに二つの耳をつけ,また4足にもなる。食物を煮る器から食物を盛る器にもなり,のちに祭器として重要になる。早期新石器時代の磁山・裴李崗(はいりこう)文化には,素朴な錐足鉢形鼎があり,盆形や4足のものも見える。仰韶文化の中ごろから,洛陽・鄭州地区では鼎の量が増加し,平底または円底の釜形・盆形・罐(かん)形の鼎で,種々の形の足をつけたものが現れる。このように鼎は,種々の形をとりながらも,黄河中流地域ではしだいに形が整えられて,大型の罐形鼎が主流となるようである。殷代には耳もつけられ,方形も現れるが,土器鼎を模した青銅製の鼎も出現し,中期の二里崗文化には方鼎が鋳造されている。晩期の小屯文化には,さらに豪壮華麗な大方鼎なども現れ,器面には怪奇な獣面文などが施されており,すでに重要な祭器となっていた。青銅製鼎の器形は,殷代以降種々変化して漢代に至る。〔参考文献〕文物編集委員会編『中国考古学三十年』1981,平凡社
中国社会科学院考古研究所編著『新中国的考古発現和研究』1984,文物出版社
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