●ツンベルク
ヨーロッパ スウェーデン王国 AD1743
1743〜1828 植物研究家。スウェーデンのイエンチェピングで生まれる。ウプサラ大学に入学しリンネのもとで医学・植物学を学ぶ。卒業後,オランダ東インド会社に入り,当時オランダ領であったアフリカのケープ植民地に赴任,さらに日本へ行く船の医師となる。1775年(安永4)長崎に来航し,翌年は江戸参府に随行した。長崎では多くの弟子を得て医学・植物学を教え,蘭学発展の基礎となった。とくに植物研究では禁止されていた植物採集をし,その標本は現在もウプサラ大学にある。1776年(安永5)日本を去り,バタビア・セイロン等に滞在したのち本国に帰った。本国では母校ウプサラ大学の教授となる。そのあいだ『日本植物誌』『ヨーロッパ・アフリカ・アジア旅行記』等を著した。彼は日本社会を鋭く観察し日本を文明国としてヨーロッパに紹介した。ウプサラ近郊トゥナベリーで死去。