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●坪内逍遙 つぼうちしょうよう

アジア 日本 AD1859 江戸時代

 1859〜1935(安政6〜昭和10)小説家・評論家・劇作家。本名勇造(のち雄蔵)。尾張藩代官所役人の子として美濃国(岐阜県)に生まれる。1876年(明治9)県の選抜生として東京開成学校(東京大学の前身)入学,1883年,東大政治経済科卒業,東京専門学校(早稲田大学の前身)講師となった。日本最初の体系的な小説理論書『小説神髄』と実作『当世書生気質』(とうせいしょせいかたぎ)を刊行したのは,1885年(明治18)から翌年にかけてのことで,人情世態小説の道を確立。1891年には雑誌「早稲田文学」を創刊,シェークスピアを論じて森鴎外とのあいだに没理想論争を展開した。史劇『桐一葉』などを書いて演劇改良運動にもかかわり,日露戦争後は島村抱月とともに文芸協会を整え,新劇運動への道を開いた。大正期に入っては,シェークスピア全訳に従い,1928年(昭和3)全40巻を完成した。

〔参考文献〕坪内士行『坪内逍遙研究』1953,早大出版部

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