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●摘田 つみた

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 水稲の伝統的直播栽培法の総称。慣行としての稲作法で,明治末あるいは昭和初期まで関東や九州地方の台地・丘陵辺縁部とか谷津の水田で広範に行われていた。関東では摘田・蒔田,九州では実播・実植と呼ばれ,ほかに三重県や静岡県等の一部でもマキタテ・ショヅミなどといって行われた。『百姓伝記』(1680〜1682)・『本朝食鑑』(1692)・『地方凡例録』(1791)・『成形図説』(1804)などや関東・九州に残る近世の農業日誌・地方史料にも摘田の記載が多くあり,必ずしも特殊な稲作法ではなかった。苗代で稲苗を育てて田植えをするのではなく,稲種子を直接本田にまいてつくるのだが,播種の方法は田摘み,ネズンメ,チョボマキなどという点播法が一般的で,ごくわずかに撒播や条播の例がある。点播法では,田を耕して平らにし,そこに稲種子と肥料(堆肥・灰・下肥等)とを混ぜたものを一定間隔でまき,発芽してある程度成長してから稲株の大きさを揃えて稲をつくる。摘田という名は,点播をするのに稲種子と肥料の混合物を指で摘まんでまくことによる。