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●津田真道 つだまみち

アジア 日本 AD1829 江戸時代

 1829〜1902(文政12〜明治35)明治時代の啓蒙学者。官僚。美作国津山藩士の出身,名は喜久治,眞一郎。1850年(嘉永3)江戸へ出て,郷国の箕作阮甫,芝蘭塾の伊東玄朴に蘭学を学び,佐久間象山に兵学を学ぶ。1857年(安政4)蕃書調所に雇用され1862年(文久2)西周とオランダへ留学し,4年後に帰国。留学中に学んだフィセリングの講義録を訳述した『泰西国法論』を刊行(1866)している。そして徳川幕府中心の憲法案などを構想し西洋法の紹介者となる。その後幕府の目付役,大政奉還につとめ,明治国家創立には司法省へ出仕,新律綱領づくりに,江藤新平等と努力を重ね,人身売買禁止建議につとめた。1871年外務権大丞となり,日清和親条約の締結につとめた。のち陸軍省において陸軍刑法づくりをし,裁判官,元老院議員をつとむ。衆議院議員となり,その功により新華族に列し,男爵となり,法学博士をおくられる。明六社グループにも属し,豊かな法律知識をもとに啓蒙につとめた。