●辻 つじ
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道路が十字に交叉した場所をいい,道や道端をもいう。『和名抄』には〈十字者 東西南北相分之道其中央似十字也 俗用辻字 一本都无之〉とあるなど,古くはツムジとも呼んだ。また,山や峠の名に辻の字を用いているところもあり,ツジは山の頂を示すことばであったとも考えられている。【辻に祀るもの】辻にはさまざまな神仏が祀られている。馬頭観音碑・大日如来碑は馬・牛の供養に建てられた。近世において馬や牛は大切な交通の手段として盛んに使用され,その無病息災の祈願としても建てられた。境の神として塞の神や道祖神の碑は集落の出入口に祀られる。道祖神は行路の安全を守る道の神とも考えられていた。そのほか地蔵尊像や庚申塔(こうしんとう)など集落で行われる講の碑も辻に祀られる。集落の各所に散在する小祠を辻に集めることもある。辻には,行き先を示す道標があったり,目印の大木があったりする。これらにも供物を供え信仰の対象とされることがある。
【辻での行事】小正月に行われる厄祓いや,害虫・疫病など,人々に害を与えるものは辻に送られる。生活圏外に追放すると考えるのである。疫病などの流行に際してはツジギリ・ツジシメなどと呼ばれる道切りの行事が行われる。青竹を道の両側に立て,そのあいだに注連縄(しめなわ)を張って道を横切るようにするのである。ときにはそれに大きな草鞋をさけたりする。祭りのときなどに行われるなど,日を決めて定期的に行うこともある。厄病や不吉なものが入ることを,これによってさえぎろうとするのである。長野県南安曇郡地方では,田植え休みに辻相撲といって辻に土俵を築いて相撲をとったし,岐阜県加茂郡地方では,盆に辻飯といって辻に竈(かまど)を築いて飯を炊いた。神奈川県秦野市などでは,盆に屋敷の入口や道端に造る砂盛りをツジと呼び,線香を立てたり花を供えたりし,迎え火をその前で焚く。神意を問う場所であり,亡き人を迎える場所がツジであった。辻は人々の寄り集まる場所である。海・山・野・川などの収穫物や生産物などを持ち寄り,交換し合う市(いち)が開かれ,そこには市神が祀られる。秋田県では市神の依代(よりしろ)と考えられる八角の柱を辻柱と呼んで建てたという。市は市神の祭りとしての性格を持っていた。人々は晴れ着を着て集まり,品物や情報を交換し,文化を伝達した。市には山姥が現れるとか,死者と出会うなどと伝える所も多い。こうした辻に出現するものは特別なものと考えられた。たとえば,高知県長岡郡地方では,育ちの悪い子供を抱えて四辻に立ち,3番目に通った人に辻親になってもらい,一生交際した。辻に出現する人は特別な人なのである。朝占(あさけ)・夕占(ゆうけ)などの占も辻で行われた。辻に立って道行く人のことばを聞いて吉凶を占うのである。辻占・道占・道行占ともいい,言霊信仰(ことだましんこう)にもとづくものであり,辻において神意を知ろうとしたのであろ。辻にはさまざまなものが群れていた。鹿児島県屋久島には辻神がいる。丁字路の突きあたりに家を建てるとその家に入り込むので病人が絶えないという。そのため石敢塔(いしがんとう)を建てる。淡路島でも四辻にはツジノカミという妖怪が出るという。辻に出現するこれらのものは,市に出現する山姥や死者とともに,人の世のものではない。こうした考え方は古くからあり,藤原定家の『明月記』にも〈建永元年八月二十一日 今日御霊と称して辻祭あり〉と記されている。
【辻の性格】辻は人々の離合集散を繰り返す場であり,集落の中心に位置する場合があるとともに,村境であり,此方と彼方との境界である。それは地理的なものであるだけではなく,他界との境であり,未知の霊魂の去来する一種の境界的な領域であり,信仰上特別な意味をもっているとも考えられていた。
〔参考文献〕柳田国男『定本柳田國男集12』1963,筑摩書房
折口信夫『折口信夫全集16』1956,中央公論社
笹本正治『辻についての一考察』「信濃」34−9,1982,
網野善彦編『漂泊と定着−定住社会への道−』1984,小学館