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●憑き物 つきもの

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 人間にとり憑くと信じられる霊的なもの。通常には動物霊やある種の人間霊(生霊)をさすが,パターンとしては神霊や祖霊による,いわゆる神懸りや霊よせなどとも同じである。しかし神霊や祖霊の場合は,これに取り憑かれることは必ずしもいやなことではなく,ときには求めてそうなろうとする風さえある。ところが動物霊や生霊の場合となると,誰もが極力これをきらい,恐れ,そのため大きな社会問題を引きおこすことさえある。こうした俗信は,未開社会でならばどこにも見られるが,相当高度の文明社会においても残っている場合が少なくない。わが国でも同様であって,今日なお,ところによっては根絶されたとはいえない状態にある。

【憑く動物】憑くと信じられている動物は非常に多く,架空のものまでできている。そのなかで,最も広範にわたるのは狐であるが,その呼称は地方によって違っている。東北から関東の一部にかけてはイズナ,北関東から甲信地方にかけてはオサキ,中部山岳地帯ではクダ狐,東海地方の一部ではオトラ狐,山陰の一部では人狐,九州の各地ではヤコという。狐に次いで多いのは犬神である。四国・山陽・九州東部の各地で憑くといえば,主としてこの犬神のことをいう。蛇もまた多い。単に蛇というほか,トウビョウ・トンベ・トンボ神などとなまり,犬神地帯とほぼ重複して行き渡っている。そのほか外道(げどう)・猫・猿・カッパなどの憑依をいう地方もある。岐阜県とその周辺ではゴンボダネ,沖縄ではイチジャマといって,いわゆる生霊憑きの俗信もある。

【憑もの筋】こうした俗信のある地方でも,それによる家筋というものを考えない地方では,あまり問題化することもないが,たとえば北関東・山陰・南四国・九州東海岸には,代々こういうものを意識して飼っている家があるとする考えが残っている。そういう家を狐もちとか犬神筋とか呼び,その家に対して,感情を害するようなことをすると,たちまちその家の狐なり犬神なりが出てきて憑く,そうすると医者にかかっても薬を飲んでもなおらぬといって恐れる。そこで,そういう家とはかねて交際しないし,ましてや縁組は絶対にしないという風潮がかつてはあった。しかも出雲や隠岐の島前,土佐の西南部,豊後の海辺地方などではその数が非常に多く,ときには一村の半分以上もが,その筋だといわれるようなところさえあったという。

【憑きものの成立】こうした俗信も古代においては,それなりにまじめな信仰であったのである。神のオサキとしての動物霊を積極的に勧請し,その託宣によって心のよりどころを得ようとするものであったらしい。しかし時勢が進み価値を失う。一方,かなり古くに大陸から蠱道(こどう)といわれるある種の呪術が入ってきていた。どういうものであったかはよくわからぬものの,『六国史』などに散見するところでは,祈祷というより人を呪咀(じゅそ)するようなものであったらしい。この蠱道が,やがて古来の憑依信仰と合体して,中世のころには各種のいかがわしい行者を成立せしめた。飯綱(いずな)使い・外法(げほう)使い・荼吉尼(だきに)使い・狐使いなどといわれるものがそれである。

 中世末から近世初期にかけては,それらは取り締まられ,処刑されたりしたという記事がしばしば目につく。そのためもあって,近世中期以後になると表向きには存在しないことになっていた。ところが,今度はもともとなんでもなかった家が,世間からこれだといって警戒される事件が起こっており,これが今日なお多い。いわゆる狐もちなるものの発生である。現在そういわれている家を歴史的にさかのぼってみると,その多くはおおむね江戸中期くらいに急に産を成した家に多いことが知られる。江戸中期といえば,いわゆる米遣経済が金遣経済に急変する時期である。そういう時期に世間の常識を破って産を成したため異端視されたのであろう。このように,今日なお多いいわゆる憑き物筋なるものは,決して古代・中世以来の系統を引くものではなく,そのかつての知識が悪用された,要するに被害者であるとみてよいのである。

〔参考文献〕石塚尊俊著『日本の憑きもの』1959,未来社

吉田禎吾著『日本の憑きもの』1972,中央公論社