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●通信符 つうしんふ

アジア 日本 AD 

 中世の日朝貿易に用いられた勘合形式の銅印を押した符のことである。高麗を倒した李成桂は李氏朝鮮を建国したが,日本との交易には特別な制限は設けていなかった。しかし応仁・文明のころ(1467〜1486),日本国内の騒乱にまぎれて将軍・管領の名を語って朝鮮南部沿海の諸港に渡航するものが多くなり,ときには乱暴を働く者もあったので,朝鮮ではその応接に苦しみ,統制の方策を講ずることを余儀なくされた。その結果,世宗の末年,日本では足利義政の初期,15世紀の中ごろには通交貿易に関する定例ができた。貿易港は乃而(ないじ)浦・富山(ふざん)浦・塩浦の三浦に限定され,その中の一つとしてつくられたのが銅製の「通信符」(タテ5cm,ヨコ1.5cm)で日明貿易の勘合にヒントを得るとともに,朝鮮国内の符験から案出したものと考えられる。文面は篆字陽刻で,これを半分にし,右符を通交者に渡し,左の符を勘合のために朝鮮に保管した。日本の毛利家には,大内氏に贈られたと思われる銅製の“通信符”が残っている。