●通信使 つうしんし
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朝鮮通信使,朝鮮信使ともいい,江戸時代に李氏朝鮮王から幕府へ送った使節のことである。その初回は1607年(慶長12)で使節は徳川秀忠に謁し,駿府で家康にも会った。この使節の目的は豊臣秀吉の朝鮮出兵の終了後,1605年(慶長10)の両国間の和平成立に伴う表敬訪問にあった。1617年(元和3)には400余人も来朝した。その後,家光・家綱・綱吉・家宣・吉宗・家重・家治・家斉が将軍職につくたびに慶祝のために来朝し,前後12回に及んだ。通信使一行はソウルを出発して陸路釜山にむかい,釜山から乗船して対馬・壱岐・赤間関(現在の下関)を経て瀬戸内海を航し,大坂より陸路で江戸にむかった。この一行のために道路を改修し,川には船橋を架け,大井川の輦台渡しには多くの人足を使役した。その上,一行の饗応に費用がかさんだので,使節が通過する沿道の藩・農民にとって多大な負担となった。そのため新井白石は通信使に対する幕府の待遇の簡素化をはかったのである。