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●追儺 ついな

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 疫鬼を追い払う行事で,新春を迎えるに際して行われることが多い。オニヤライともいう。中国伝来の行事として大儺と呼ばれ,宮中ではすでに奈良時代以前から行われていたが,追儺と称し12月晦日の年中行事として定着したのは平安時代になってからである。初め神に扮した方相氏が無形の疫鬼を追い,群臣も桃弓・葦矢でそれにならうものであったが,しだいに異様な扮装をした方相氏が鬼と考えられて追われるものになった。一方,別に節分に豆を撒いて鬼を追い払うことはすでに中世には行われており,追儺行事の衰えとともにその趣意が節分行事に移行していったものと思われる。陰陽暦では大晦日と節分は近接しており,さらにともに邪気を払い新しい年を迎えようという元旦前夜と立春前夜であるため,行事が混同されやすかったのであろう。このようにして現行の社寺や民間の追儺行事は節分に行われることが多いが,なお大晦日にするところも見られ,その他の例も少なくない。