●通婚圏 つうこんけん
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配偶者を選択する身分的・地域的範圏のこと。基本的には制度によって規定されている場合と,制度による規定はないが種々の社会的諸条件によっておのずと限定される場合がある。前者は未開社会における族内婚や族外婚の規定があるが,現存する婚姻規定のもっとも顕著な事例としては,インドのカーストに見られる階級内婚など特別な場合に限定される。これに対し,後者は一般的で人種・民族・階層・職業・宗教・地域などの諸条件による場合である。これらのうち前近代的社会においては,特に身分や階層に左右されることが常とされていたため,通婚圏は身分的範圏を基準に考えられていた。近代化がすすむにつれ,婚姻関係は次第に身分的範囲から地域的範圏に移り変わり,今日では主として地域的限定のことを通婚圏と呼ぶようになった。しかし封建的な社会制度が残存している地域社会においては,身分的範圏に地域的範圏が重なり合うことも少なくない。このようなことから通婚圏は,その地域社会における封鎖性の度合や社会構造の特徴などを知る上で重要な手がかりとなる。【日本における通婚圏の変遷】かつての日本では,諸民族に広く見られる氏族外婚や同姓不婚の拘束がなかった。その理由は,日本は島国であるため,他民族との接触の機会がきわめて少なく,氏族外婚をあえて禁止する必要がなかったからであり,また単一民族という特殊性において「血の純粋」を尊ぶならば,それは自らの家系に求めるほかなかったからである。皇室その他の古い系譜に2親等,3親等の近親婚が数多く見られるのはそうした理由からである。奈良時代から平安時代の婚姻形式の主流は,貴族・庶民ともに「よばい」「妻問い」に始まる婿入婚であった。婿入婚はいわゆる婿が嫁方の族員となるのではなく,(1)期限を定めて婿が嫁の生家に住みつき,その間の労力を提供する,(2)夜には婿が嫁の生家へ通うが,労力は各々の生家に充てられる,(3)夜には婿が嫁の生家へ通うが,昼間は嫁が婿の生家のために働くなどの場合があり,いずれにせよ通婚圏は非常に狭いものであった。鎌倉時代に入ると,婚姻の形式は次第に婿入婚から遠方婚姻的な嫁入婚へとその流れが変わった。嫁入婚は,はじめ武家のあいだで行われていたが,やがて庶民のあいだにも普及し,江戸時代には全く支配的な婚姻の形式として一般化していった。武家階級の成熟とともに,封建的な家父長制が定着していった結果,婚姻は,従来の婚姻者自身の自主性を重じたものではなく,互いの「家」の創意によってとり行われるようになったのである。その結果,階級内婚の傾向が以前にも増して著しくなり,京洛の地に隣接して住んでいた公家は,通婚圏が狭く,諸地方を割拠する豪族である武家は,通婚圏が広いものとなった。一般庶民においては,家格の最高と最低のものは,対等の家柄を選ぶ必要から通常村落外と通婚関係をもつため,通婚圏は広い。これに対し,大半の中層は,村落内ないし隣接した村落とのあいだに通婚関係を結ぶことが多く,通婚圏は狭いものとなり,一つの村落のうちに村落外婚と村落内婚が並存していた。このような婚姻関係は,事実上第二次世界大戦が終わるまで続いた。現在,通婚圏は一つの村落を基準として,一定の時間内における通婚関係を地理的に区切った度数の百分比で表されるが,戦前の日本の村落においては,半径1里以内にその大半が含まれており,一般に村落内婚率は30%前後であったという。戦後,近代化が急速に推進され,婚姻は何らかの社会的接触を前提として行われ,文化的交流の機会が多い都市部を中心に通婚圏は増々広くなる傾向にある。しかし地域社会においては,依然として古い慣習に固執し,特殊な禁忌や職業が伝承されている村落や,社会的な差別が行われているような村落とは通婚関係を結ばない傾向にある。
〔参考文献〕瀬川清子著『婚姻覚書』1956
小山隆著『通婚圏の意味するもの』(小松堅太郎編「社会学の諸問題」所収),1954