●陳寿 ちんじゅ
アジア 中華人民共和国 AD233 魏・呉・蜀
233〜297 中国,西晋の歴史家,『三国志』の著者。巴西郡安漢(四川省南充県北)の人,字は承祚。三国の蜀漢に仕えて観閣令史に任命されたが,当時,蜀漢で専権を振った宦官黄皓に憎まれ不遇であった。また,父の服喪中丸薬をつくらせたため郷党の清議で貶され,蜀漢滅亡後も西晋に出仕し得なかった。しかし,蜀漢の旧将羅憲が蜀漢の子弟で任用すべき者の一人に陳寿をあげたため,西晋に出仕し,司空張華に史才を認められ,佐著作郎,陽平令となり,『蜀相諸葛亮集』を撰定した。これが認められて著作郎,巴西郡中正に任命され,『三国志』を著した。のちに魏志の叙述に不満をもつ荀勗により,長広太守に転出させられるが,就任せず,御史治書を授かるが,母の老いを理由に官を去った。その後数年して太子中庶子の内命を受けるが,正式任命の前に卒した。ほかに『古国志』『益部耆旧伝』などの著書があったが現存しない。