●地理教育 ちりきょういく
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地理学の成果にもとづき,現代社会の課題や現代の社会的要請,未来への展望,および児童生徒の発達段階への考慮の上に,地理を指導して国家・社会の有為な形成者を育成する教育。【地理】“地理”という言葉を語源から考えてみよう。英語の geography はギリシア語の geographia「土地を描く」を語源とする。東洋では中国の『易経』の繋辞篇に〈仰いで以て天文を観じ,俯して以て地理を察す〉とあり,天文に対して,地理は陸地の位置形状,河海山岳の所在,邦国都邑の形成,人文の盛衰などのすべて地表の事象を意味している。後漢の班固(32〜92)の著『漢書』に,はじめて「地理表」の巻が加えられ,それには各郡県の沿革・山川・物産・古蹟・塩鉄・都邑について述べてある。この様式はわが国にも影響を与え,わが国の地理書,明治〜昭和前期の地理教科書の原型になった。わが国では“地理”といえば“地誌”を意味し,どこがどうなっているかについての知識をさすのが一般である。確かに,われわれは自分の生活空間に関する知識をもたなければ一日も暮らすことはできない。
“地理”という漢字は,本来「地の理」「土地の理法」を意味するのであり,その理法を発見し,それを応用することにより“地の利”が得られるはずである。
【近代地理学の発達と地理教育】各地の土地の事情に関する記録や,自然環境と人間生活との関係についての考察は,古代ギリシアの時代から行われてきたが,近代科学としての地理学が成立したのは,18世紀末から19世紀初頭にかけてであり,ドイツのフンボルト,アレクサンダー(1769〜1859)とリッター,カール(1779〜1859)が近代地理学の父母とされている。つづいて,ドイツのラッツェル(1844〜1904)の弟子たちの環境決定論,フランスのビダル=ド=ラ=ブラシュ(1845〜1914)の環境可能論が展開された。前者は戦前のわが国の小学校地理教育に,後著は戦後の社会科地理に大きく影響した。1930年代には地人相関,交互作用,景観地理,地域性,生産関係などに関する主張が盛んに行われ,わが国中等学校の地理教育に影響を与えた。
わが国の地理教育の発達を概観しよう。江戸時代の寺子屋などで国内の国々の主な地名や物産が教えられ,それは明治以後の地理教育でも主流をなした。
明治5年の「学制」で小学校に「地学読方」「地学輪講」が置かれたが,翌年には「地理学読方」「地理学論講」に改称された。中学校には「地学」が置かれたが,これは明治12年に「地理」に改称された。このように,地理は明治初年以来わが国の初等中等教育において重要な独立科目としての地位を与えられ,昭和22年の新学制までつづいた。
小・中学校に地理の科目が置かれたことにより,大学に専門課程としての地理学講座が設置される明治40年(京大文科大学)・明治44年(東大理科大学)まで,地理学の研究は主として師範学校・高等師範学校を中心に行われた。
明治初期に広く読まれた教科書は福沢諭吉の『西洋事情』『世界国尽』,内田正雄の『興地誌略』であった。特に『世界国尽』は「世界はひろし万国はおほしといへど大凡五つに分けし名目は亜細亜,阿弗利加,欧羅巴,北と南の亜米利加に……」から始まり全巻すべて七五調の誦しやすい文体で書かれ,明治における最大の民衆地理書としての名声をほしいままにした。開国,文明開化期の国民の“世界を知りたい”との要望に適合した地理書であった。文部省・師範学校も早くから教科書として『日本地誌略』『世界地誌略』を刊行し,各県府ではペスタロッチの思想から郷土の学習という意味で,公私の管内地誌の出版が流行した。 明治期の地理教育は地名や物産を教えることに主力が注がれていた。大正時代になると,自然と人間との関係を推考させる方向が芽ばえ,昭和に入ってからはその傾向がさらに強くなった。昭和6年の中学校教授要目の改正は,当時盛んであった地人相関論が学校地理に影響した一例である。それまで外国地理教授の順序はアジア・ヨーロッパ・アフリカ・北アメリカ・南アメリカ・オセアニア・南極地方というように近きから遠きに及ぼすのが伝統であった。しかし,この順序は生徒の理智発達の過程とは一致せず,地人の関係が簡単な地方から複雑な地方へ及ぶべきであるという意見が専門家の間に起こった。その結果,教授の順序はオセアニア・両極地方・アフリカ・南アメリカ・北アメリカ・アジア・ヨーロッパに改められた。なお,昭和6年の教授要目は,地理科の目標に(1)地理上における自然と人間生活との関係の理解,(2)日本及び外国の国勢の理解,(3)国民精神の涵養と愛郷心の育成,を挙げていた。(1)はそれまでに見られなかった新しい目標である。
昭和10年代に入るとわが国の教育全体が偏狭な国家主義の色彩を濃くし,地理科でも「神国日本」「美わしき国土」が強調された。この風潮は昭和16年の国民科地理で頂点に達した。しかし,その嵐の中でも初等科第4学年に「郷土の観察」の時間が新設され,国定教科書『初等科地理』が児童の興味を考慮して旅行記風に叙述されるなど,教育方法面での進歩のあったことを見落としてはならない。
【地理の内容構成】第二次世界大戦後,昭和22年社会科の成文で,地理科は消失して社会科のなかに包摂された。昭和52年及び53年公示の学習指導要領によれば,地理の内容構成は次のとおりである。
小学校での地理的内容は第1〜6学年の各単元のなかに融合されている。第1学年では家庭・学校・近所の生活,第2学年では身近な地域の働く人々の生活,第3〜4学年では市町村・都道府県の自然と生活・開発を取り扱い,第4学年の終わりから第5学年まで日本地理(自然環境から見た国内の特色ある地域,日本の食料生産,日本の工業,国土の地理的特色)を,第6学年では日本の貿易を扱う。昭和43年改正の学習指導要領,小学校第6学年で取り扱われた「世界の諸地域」は,ゆとりのある学習,内容精選という理由で第7学年(中学校第1学年)に移され,中学校地理的分野の学習は世界地理学習になった。
中学校では第1・2学年で「地理的分野」(各学年週当たり2時間)として世界地誌及び日本地誌を中心に指導される。高等学校では第2学年または第3学年で科目「地理」(4単位,週当たり4時問)が選択科目として置かれている。その内容は系統地理を主体としている。
【地理教育の目標】小学校では「我が国土に対する理解と愛情の育成」を,中学校では「広い視野に立った我が国土の認識」を,高等学校では「現代世界に対する地理的認識と国際社会における日本の立場と役割の考察」を,それぞれ地理教育の基本目標としている。そのためには,(1)地理的位置,(2)分布,(3)地域,(4)地域間の関係,(5)自然条件・社会条件と人間生活との関係,(6)地域の変容,(7)地方的特殊性と一般的共通性などの地理学における主要概念を,児童生徒の発達段階に応じ,具体的教材を通して理解させる必要がある。
【地理教育の課題】以下,地理教育の現時点における課題を列挙しよう。(1)地名・物産の暗記だけの地理からの脱却は正しいが,地名を軽視して地理は成り立たない。(2)第二次世界大戦後急速に発達した計量地理学など「新しい地理学」が地理教育と無関係のままになっている。シュミレーションゲームなど欧米の地理教育では新しい教材が開発されているが,(3)地域診断の学としての地理学の立場から,郷土の諸問題を教材とし,郷土の発展を願う態度を育成する必要がある。(4)環境教育,国際理解教育・異文化間理解教育に資する地理教育の振興。(5)中・高校地理の一部に,小学校で行われているサンプルスタディの手法を導入し,各地の人々の生活の具体的理解を図ること。