●張陵 ちょうりょう
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中国後漢末の宗教者。通称は張道陵。道教の源流たる五斗米道(天師道)の創始者。沛国豊(江蘇省豊県)の人,生没年不明。正史には簡潔な記録があるのみでたとえば『三国志』張魯伝に〈蜀に客たりて,道を鵠鳴山中に学び道書を造作し以て百姓を惑わす。従いて道を受けたる者は五斗の米を出す〉という。晋の葛洪の『神仙伝』に潤色された伝記がみえ,初め太学の書生だったが,黄帝九鼎丹法など長生法を学び,ついで蜀の鵠鳴山で道書24篇をつくり,さらに老君・東海小童より新出正一盟威之道を授けられ,これによってよく治病して,民衆に師とされ,ついに弟子王長・趙昇と白日昇天したという。その道書は,『魏書』釈老志に天官章本千有二百と出ており,もと治病にあたり諸仙真に上章する儀礼にかかわるもので,また正一盟威之道は,神明の威力に盟約する方術であったと考えられる。張陵の宗教は,フロク※注1※・ショウショウ※注2※による治病に特色があり,これは,のちに正一教に受け継がれ,また彼の子孫は張天師として世襲され教主的存在となった。
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