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●朝鮮四郡 ちょうせんよんぐん

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 前漢7代の皇帝,武帝衛氏朝鮮を前108年に滅ぼして,朝鮮半島を直轄支配するために設置した楽浪郡・真番郡玄菟郡臨屯郡の4郡。衛氏朝鮮の攻撃は朝鮮と匈奴との提携を絶つためと,武帝はさきに滄海郡を新設し,この地域の直轄支配を企図したがまもなく放棄。楽浪郡の領域はほぼ衛氏朝鮮の旧領と一致,平安・黄海道から京畿道にわたる。真番郡には南在説と北在説があるが,南在説が有力。最も北にとれば黄海道,南にとれば忠清南道から全羅南道の錦江流域である。臨屯郡は東海岸地域に設置。郡治は江陵付近(江原道),南境は三陟以北にあたる。真番・臨屯2郡は前82年に廃止。玄菟郡は最初は沃沮の地咸鏡道にあたり,郡治の沃沮域は咸興に比定される。前75年,中国東北に西遷。武帝の4郡設置以来消滅まで400余年,とくに楽浪郡の古代東アジア世界に与えた影響は大きい。ここからの中国文化の取り入れは,古代極東の諸民族を文明世界へと導いた。