●朝鮮半島 ちょうせんはんとう
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朝鮮の名は古くは中国の古文献『史記』『山海経』に見える。その由来するところは明らかではないが,陽の昇る地の朝の鮮かなるさまをいう雅称であろう。はじめて朝鮮を国号としたときは,檀君・箕子朝鮮・衛氏朝鮮の伝承上の王国であるが,近世の李氏の開いた王朝が,朝鮮を国号としたため半島全域が朝鮮と呼ばれるようになった。朝鮮半島はアジア大陸の東北端・中国東北地方(旧満州)との接壌部分から,南南東(朝鮮方向という)へ走る。古来その長さ“三千里”と称されてきた1,000km余の半島である。幅は最も広いところで360km,面積22万平方kmである。東は東海(日本海),西は黄海,南は朝鮮海峡・済州海峡に面し,西南海岸は多島海で,済州島・巨済島・珍島などの2,000余の島嶼群が存在する。北は鴨緑江・白頭山・豆満江を境とし,中国との国境線約1,300km,ソ連邦との国境線は16.5kmである。朝鮮の地形は山地が多く,全国土の75%を占めるが,険しい山は少なく,ほとんど老年期の地形をなす。山脈は中国東北部との国境をなす長白山脈と,その主峰白頭山から南に狼林山脈・蓋馬(がいば)がひろがり,東に偏して脊梁をなす太白山脈が連なる。太白山脈中にある五台山・太白山からそれぞれ南西にむかって車嶺・小白山・蘆嶺の各山脈が分かれる。脊梁山脈が東に偏しているため,地勢は北高南低・東高西低であり,東海岸は急斜面をなしている。河川は東海岸では,豆満江以外には大河川はなく,黄海側では鴨緑江・清川江・大同江・礼成江・臨津江・漢江・錦江・栄山江の諸川があり,蟾津江(せんしんこう)・洛東江は朝鮮海峡に入る。河川は長大なわりには沖積平野の発達が悪く,河川の傾斜度は日本に比べて超緩傾斜であり,沖積平野の開発が遅れた。そのかわり小規模な椀状盆地が多い。地質は古い地層が大部分で,中生代末に迸入した花崗岩質が広く分布している。南部朝鮮ではわりあい四季が明瞭であるが,中部朝鮮になると冬が最長となり,夏が4分の1,春・秋が最も短い。北部朝鮮になると冬がしだいに長くなり,夏が短くなる。降水量は済州島や半島の南端部が最も多く,年に1,500mm近くに達する。半島南半(漢江以南)は水田優勢地帯であるが,そこでの特異性は,年降雨量の60%ぐらいが夏期の6〜9月で降ってしまうことである。日本の梅雨にあたるものをチャンマ(長霖)と呼ぶが,降雨強度が大きく,驟雨的豪雨となる傾向がある。また,これの来る時期が年により一定せず,古来その遅れが大干害を引き起こしてきた。気温は冬には大陸性気候で厳しいが,北西季節風の盛衰によって起こる“三寒四温”によってよほどやわらげられる。西海岸と東海岸では,西海岸のほうがより大陸性気候が強く,同緯度であっても東海岸のほうが気温が高い。これは対馬海流の分流が,東海岸に沿って北上しているからである。森林はほとんどが落葉広葉樹林帯に属し,半島の南端部と,済州島をはじめとする島嶼群は照葉樹林地帯に属する。半島の景観でまず目につくのは林相の発達が貧弱で,山肌のあらわな山々であろう。冬の寒さが厳しいために温突(オンドル)が生活上必須のものであるため,温突の燃料と,はげ山が結びつけられているが,根本的には風土的条件による。それは山地の土壌が花崗岩質であり,冬期の厳しい寒さで崩土化し,それが夏期の集中的豪雨にあって流出することによる。半島居住の民族は形質的には地域によって多少の差異があるが,言語を共通とし,共有の伝統文化を享受し,明らかに単一の民族を形成している。古代(1〜2世紀)にあっては,北にワイ※注1※・貊族・沃沮族,南に韓族が割拠していたが,歴史をへるにつれて民族として統合され今日に至った。言語はウラル=アルタイ系,15世紀には民族独特の文字,ハングルを創案。宗教は基層的には巫覡(シャーマニズム)があり,仏教は三国時代に流入し,新羅・高麗時代には国教的位置にあった。李朝に入ると仏教は退けられ,儒教(朱子学)が国学的位置を獲得。現在でも儒教理念が,民族文化の骨格をなしている。近代になってキリスト教が伝来し,日本支配への抵抗もあって,信徒を増やし現在においては信徒が1,000万人に達しようとしている。1948年独立以後,北緯38度で分断され,北には社会主義体制をとる朝鮮民主主義人民共和国,南には資本主義体制をとる大韓民国として併存する。
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