●朝鮮土地収用令 ちょうせんとちしゅうようれい
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大日本帝国憲法体制下の朝鮮統治時代,1911年(明治44)4月17日に朝鮮総督府が“土地収奪”を目的に制定したもの。日本の朝鮮統治形態は圧倒的な軍事力による支配であった。1910年(明治43)の併合後の兵力はさらに増強されて2個師団余の軍隊が朝鮮の民族運動を鎮圧するために分散配置されていた。また憲兵・警察網が張りめぐらされ,朝鮮人民の言論・出版・集会・結社等の諸権利はほとんど奪われていた。こうしたなかで総督府は同年から1918年(大正7)にかけて土地所有権の確立と地税賦課の整理を目的に大規模な土地調査・林野調査事業をすすめ,朝鮮の地主と日本人地主および東洋拓殖株式会社などの土地所有権を明らかにし,統治の財源を確保しようとした。この傾向は土地収用令等により,さらに強化されたため,耕地や山林を失った多くの農民が小作農に転落し,その後の朝鮮における民族産業の発達は抑圧されたのである。