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●朝鮮銀行 ちょうせんぎんこう

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 日本帝国主義統治下,植民地朝鮮を収奪するために設置した中央銀行。朝鮮銀行の前身は,1904年(明治37)すでに設置されていた第一銀行京城支店をして,旧韓国の中央銀行の地位に押し上げ業務を開始したときから始まる。1904年2月日露戦争を口実に侵入した日本帝国主義は,2月の第1次日韓条約と8月の「利権譲与に関する協定書」を強要し,日韓併合のための経済侵略の基礎構築に着手した。財政顧問として赴任した目賀田種太郎の指揮下で貨幣制度の整理と国庫・金融・金の管理が最初の業務であった。旧韓国政府の貨幣鋳造権をうばい,白銅貨・葉銭(旧韓国の銅貨)を一定期間は交換し,のちは無効にすることによって莫大な利益を得,さらに日本の第一銀行券をも強制流通させ,朝鮮民衆の憤激を買った。1909年(明治42),「併合」にそなえて新たに韓国銀行(公称資本金1,000万円の中央銀行)を設立しその業務をひきつがせた。1910年(明治43)の日韓併合で朝鮮が名実ともに日本の完全植民地となる。1911年(明治44)には「朝鮮銀行法」を制定公布し,名称も朝鮮銀行と改め,植民地朝鮮における中央銀行・普通銀行として活動せしめた。発券は日本銀行兌換券を正貨準備に含む金為替本位制を加味しており,「併合」直後は「朝鮮貴族」ら親日派に与えた,いわゆる「恩賜公債」の額面買入や日本政府の貸上金公債の引き受けなど総督府財政を支える役目を担当した。朝鮮銀行券は朝鮮内には通用したが,日本では通用できなかった。日本銀行券は朝鮮内でも通用した。普通銀行一般業務では,朝鮮殖産銀行・東洋拓殖株式会社とともに朝鮮の3大銀行をなした。満蒙・中国にも活動をひろげた結果,資産内容がすこぶる悪化し,大蔵省・日銀による3回におよぶ減資整理をよぎなくされた。1945年(昭和20)8月の敗戦直後は莫大な不換紙幣を乱発し,解放直後の朝鮮に深刻なインフレをもたらした。

〔参考文献〕渋谷礼治編『朝鮮銀行二十五年史』1934,朝鮮銀行

金錫淡・崔潤奎共著,梶村秀樹・むくげの会訳『朝鮮近代社会経済史』1978,龍溪書舎