●長州藩外国船砲撃事件 ちょうしゅうはんがいこくせんほうげきじけん
アジア 日本 AD1863 江戸時代
幕末長州藩が攘夷実行のため関門海峡通航の外国船を砲撃した事件。1863年(文久3)攘夷派に支配された朝廷は5月10日を攘夷期日と定めたが,これにもとづいて長州藩は同日関門海峡通航中のアメリカ船を砲撃,23日にはフランス船,26日にはオランダ船を砲撃した。さらに長州藩は報復攻撃に対処するために庶民層の参加を認めた奇兵隊以下の諸隊や農兵隊・商兵隊を結成し,攘夷熱を大いに高めた。これに対しアメリカは6月1日に長州藩の砲台を攻撃,5日にはフランス軍艦も攻撃して一時砲台を占拠した。さらにイギリスも加えた四国連合艦隊が翌1864年(元治1)8月下関に来襲して砲撃した。この間攘夷派の突出に反発した薩摩・会津両藩は文久三年八月十八日の政変をおこし,攘夷派は朝廷から一掃され苦境に立った。〔参考文献〕田中彰『明治維新政治史研究』1963,青木書店
田中彰『幕末の長州』1965,中公新書