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●長春真人 ちょうしゅんしんじん

アジア 中華人民共和国 AD1148 南宋

 1148〜1227 王重陽の弟子で全真教七真人の一人。1148年(皇統8)棲霞県の農家に生まれる。19歳のとき崑崙山に入って金丹道の修行に従い,翌年王重陽に弟子入りして長春子の道号を与えられた。師の死後竜門等で修行に励んでいたが,1188年(大定28)金の世宗の召に応じて燕京に至り,高功法師の号を授けられ,宮中に庵を与えられてそこに住した。1191年(明昌2)以後棲霞の太虚観にあって布教活動を行っていたが,1220年(興定4)西征の途上にあったチンギスハンの招きに応じて西行の旅にのぼり,2年後当時チンギスハンのオルダのあったインダス上流にまで至り,謁見を果たした。ハンに長生薬の有無を問われた彼は〈衛生の法ならあるが,長生薬というものはない〉と答えてハンの心をつかみ,3回にわたる謁見のなかで敬天愛民・節制・殺人の不可などを説いた。1224年(正大1)北京に帰った彼は,賦税の免除,道教の統轄の権利を得て太極宮(のち長春宮と改称)に住し,1227年(正大4)80歳で没した。彼の大旅行についての記述が,弟子の李志常が記した『長春真人西遊記』で,このころの東西交通に関する貴重な資料となっている。