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●長者伝説 ちょうじゃでんせつ

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 広く全国各地に分布する伝説で,富豪の栄枯盛衰を語る。長者が住んでいたという屋敷跡などにまつわる話が多く伝えられているが,そのまま史実としてとらえることはできない。ばく大な富を得て豪奢に暮す長者も,いつかはおごりが出て家運が傾き没落する。扇で西日を招き返した罪によって滅んだなどの話は,湖山長者朝日長者などの伝説に見られる。餅を的にして弓を射たために滅んだという伝説も各地に分布し,『豊後風土記』にも記されている。長者という言葉は,仏教の教典の「富める人」からきたものと考えられ,僧侶たちが,長者伝説の伝播役を果たしたものと考えられている。また,遊女の長を長者とも称したことから,遊女が長者の物語を語り歩いたとも考えられる。幸若舞の『烏帽子折』には,遊女の長が,真野長者のことを語る場面がある。

朝日長者】この伝説は,全国的に数多く分布し,長者の栄華と没落の両面が語られることが多い。〈朝日さす夕日かがやく樹のもとに黄金千両漆萬杯〉などといった宝のありかを示す唄を伴っており,長者の栄華の面影を残している。中世の日光山縁起には,朝日長者の娘朝日姫と有宇中将の物語が語られている。朝日は,中世の語り物では美女の名であり,長者の名であったと見られる。

炭焼長者】この伝説も広く全国的に分布している。昔話としても語られていて,栄華に至るプロセスがおもしろく描かれている。貧しい炭焼きのところヘ,観音様のお告げがあったからと貴族の娘が嫁に来る。炭焼きは,小判をもらって買物へ行くが,途中水鳥に投げつけてなくしてしまう。嫁に小判の価値を教えられると,炭焼きは〈それなら裏山にたくさんある〉と答え,夫婦で裏山の金を掘り出して金持ちになる。後に真野長者と呼ばれるこの伝説は,筑前や安芸では盆踊りの唄にもなっており,沖縄では〈ちょんだら〉という人形芝居になっている。豊後の炭焼小五郎,後の真野長者の伝説は,内山寺の縁起ともなっている。長者譚としては,『更級日記』に竹芝長者のことが見られるが,真野長者伝説も中世のころから文芸化されている。類話は幸若舞の『烏帽子折』,お伽草子の『京太郎物語』など室町時代の諸記録に少なからず見られる。お伽草子の『文正草子』と,常陸の文太長者伝説や真野長者伝説とのかかわりなどは注目されている。炭焼藤太の伝説は,津軽家の系図に巧みに編入されている。この中で藤太は,姉の夫で金を採掘していた豪族の橘次信次のもとに身を寄せたとしている。宮城県の栗原郡金成町や刈田郡蔵王町・福島市・山形市では,炭焼藤太は金売り吉次の父親として伝えられている。金売りとは鋳物師のことで,たたらを持ち全国を回って,その土地に仮住まいをして仕事をしていた,炭焼きも副業としていたと思われる。この金売りの徒によって,この伝説は各地に伝えられたと考えられる。

芋掘長者】炭焼藤太と同じようなモチーフだが,はじめ芋を掘って暮らしていたという。この芋は鋳物と考えられる。

【湖山(こやま)長者】鳥取市湖山町に伝わる伝説。長者が日招きをしたため,田が湖になって没落するという話である。湖山町には,長者が捨てたもみがらが山となった“すくも塚”が,屋敷跡とともに伝えられ,鳥取市安長には,長者の墓じるしという“池中之宮”がある。

【蜻蛉(だんぶり)長者】夢と蜻蛉により,酒の泉を発見して長者になる伝説。昔話の“だんぶり長者”としても語られている。また東北地方の奥浄瑠璃にも取り入れられている。

〔参考文献〕柳田国男『炭焼小五郎が事』定本柳田國男集1,1968,筑摩書房

柳田国男『伝説』定本柳田國男集26,1970,筑摩書房