●長沙ソヴィエト ちょうさソヴィエト
AD1930
1930年7月27日〜8月5日の10日間彭徳懐率る中国工農紅軍第三軍団が湖南省城長沙に樹立したソヴィエト政権。1930年5月初めに中国共産党中央の所在地上海に極秘に召集された紅軍会議は,〈湖南・湖北・江西数省における首先勝利〉実現のため武漢(湖北省城)・南昌(江西省城)を奪取すると決定し,毛沢東・朱徳率いる第一軍団が南昌攻略の,賀龍の第二軍団・彭徳懷の第三軍団が武漢攻略の指令を与えられた。第一軍団の南昌攻略は失敗したが,第三軍団は単独で守りの手薄な長沙の奪取に成功し,季立三を不在主席とする長沙ソヴィエトを樹立し,中国共産党六全大会(1928年夏)制定の十大政綱と土地政綱8項を掲げた。予期した労働者の呼応ゼネスト・蜂起もなく孤立し,第三軍団は10日目に湖南軍閥何鍵の包囲攻撃下,撤退を余儀なくされてしまった。長沙攻撃は立三路線の誤りとして知られている。