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●長講堂領 ちょうこうどうりょう

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 後白河法皇が御所の六条殿内に設けた持仏堂である長講堂の所領。長講堂は法華長講弥陀三昧堂の略であり,もと六条西洞院にあったが,1273年(文永10)焼失ののち土御門油小路へ移り,1588年(天正16)現在地(五条寺町)に移建された。所領は後白河法皇の寄進により1191年(建久2)に確定され,三代御起請の地として勅事・院事・大小国役等免除の特権をもつ。所領荘園は180カ所に及び,天皇家領中最大の規模を有する。長講堂領は,後白河法皇から皇女宣陽門院に伝来したが,同院猶子雅成親王が1221年(承久3)承久の乱の謀議に関与したため,一時鎌倉幕府に没収された。返付ののち,1267年(文永4)後深草上皇に伝えられ,以後伏見上皇,後伏見上皇と伝来して,いわゆる持明院統の有力な経済的基盤となった。長講堂領の支配は室町初期には長講堂そのものから切り離され,わずかに寺院の護持料が朝廷から給されるのみであった。