●長江 ちょうこう
アジア 中華人民共和国 AD
全長6,300kmの中国一の大河。大河であるために,金沙江(四川省宜賓県)・川江(宜賓県から湖北省宜昌県まで)・荊江(湖北省沙市付近)・揚子江(江蘇省揚州の揚子津に由来)などの地方の異名が多く,ヨーロッパ人が揚子江の名称を使用してから,日本でもこの名が広まっているが,全流域を示すには長江の名称を用いたほうが適切である。流域面積185余万平方kmは中国の総面積の5分の1を占め,現在では3億人もの人間がこの地に生活を営んでおり,北方の大河黄河(ホアンホー)と並んで,中国史の重要な舞台となっている。華北の粟・小麦畑作地帯(流域の年平均降水量的400mm)を大量の土砂(多い箇所でトンあたり37.6kg)を含んで流れる黄河が,しばしば大洪水をひきおこすのに対して,長江は范漠たる平野の水田地帯(年平均降水量的1,200mm)を雄大にしかも静かに流れるさまは(湖北省宜昌県から1,800km離れた河口までの標高差が約40m)中国の悠久な歴史の流れを感じさせる。中国史の発展を概括すると,古代史の中心地域が黄河中・下流域にあったが,4世紀の晋の南遷以来,長江下流域の江南の水田開発によって,経済的重心はしだいに南下していくものと考えられる。しかし一方では,最近の考古学的発掘によれば,長江中・下流域にも独自の文化があり,必ずしも華北の黄河文明から一元的に中国文明が形成されたとは限らないとする見解も提出されており,長江流域の古代史の解明は今後の課題である。長江流域は,源流から湖北省宜昌県に至る4,500kmの上流,江西省湖口県に至る1,000kmの中流,河口の崇明島に至る800kmの下流と大きく三つに分けることができる。歴史的にみても,この3地域では独自の歴史が展開されているので,長江流域全体を一つに扱うことはできない。むしろ上流の巴蜀(現在の四川省),中流の荊楚(湖北・湖南省),下流の江南(安徽・江蘇省)の3地域を横に結びつけ,各地域相互間の交流の役割を果たしてきたのが長江といえる。上流の巳蜀は,長江とそこに注ぎ込む岷江(びんこう),沱江・嘉陵江の沖積扇状地が構成する四川盆地であり,四方を山で囲まれた肥沃な地として古来四塞・天府の国と称されている。北方の褒斜道(ほうやどう)・故道・子午道などの山道によって渭水盆地の関中と結ばれ,東は三峽(瞿塘峽・巫峽・西陵峽の長江の難所)によって荊楚に連なるが,いったんそうした入蜀路が閉されてしまえば,巴蜀は別天地となる。秦の昭襄王(在位前306〜前251)は李冰(りひょう)を蜀守として岷江上流の都江堰(とこうえん)の治水灌漑事業に努め,前漢の高祖劉邦も漢王としてこの地を根拠地に天下を治めた。しかし一方では,劉備は諸葛亮の提言を聞き入れてここに天下を3分する蜀漢(221〜263)を築き,華北が混乱する五胡十六国時代にもテイ※注1※族は成漢(304〜347)を立て,唐末の混乱に続く五代十国の時代にも,前蜀(907〜925),後蜀(934〜965)が,中原との交通を遮断して比較的安定した地方政権を樹立した。長江中流の荊楚は,春秋・戦国時代には楚の都郢(えい)(前689〜前278)を中心として,独自の文化が栄えた土地である。長江に注ぐ沮(しょ)水・ショウスイ※注2※流域は,楚文化の発祥地として近年発掘・研究が積極的に進められている。呉の孫皓が265年,一時都を武昌に遷してからは,漢江と長江との接点(武昌・漢陽・漢口,現在の武漢市)がこの地の中心として繁栄した。元代には湖広省(現在の湖北・湖南・広東・広西省)の省都となり,明代には「湖広熟すれば天下足る」といわれた天下の穀倉地帯の経済力を背景に発展しつづけた。長江下流の江南は,司馬遷の『史記』によれば,火耕水耨(かこうすいどう)という直播き休閑の原始的な稲作農法が行われ,人口密度も稀薄で階級も未分化な社会として描かれている。しかし唐代に田植え農法を導入し連作が可能となってからは,生産力が飛躍的に上昇し,江南の稲作が政治的中心であった華北の食糧を補給していった。宋代にウデン※注3※・囲田と呼ばれた低地の水利用が普及すると,長江デルタ地帯の稲作面積はさらに拡大し,「江浙熟すれば天下足る」といわれ,江南の経済力はますます確固たるものになった。明代には,商品作物の生産によって,中国における資本主義の萌芽の状況を呈するようになった。そのために,この時代は米を外部から供給しなければならず,先の湖広の地が穀倉地帯として注目されるようになった。以上のような3地域を貫く長江は,1840年のアヘン戦争以来の中国の半植民地化の過程で,列強の侵略の経路となり,上海・南京・九江・漢江などの沿江都市はつぎつぎと開港させられた。その後,1911年武昌で辛亥革命がおこり,翌年孫文が南京で中華民国政府を樹立したように,長江地域は近現代史の舞台となっていったのである。
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