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●張騫 ちょうけん

アジア 中華人民共和国 AD 

 ?〜前114 中国,前漢武帝の命令で大月氏まで旅行した使節。成固(現在の陝西省域固県)の人で,武帝の建元年間(前140〜前135)に郎の官についていた。そのころ,武帝は,匈奴を討つ計画をたて,漢と協力しその背後から匈奴を攻撃する同盟の相手に,イリ地方にいた月氏を選び,使節を派遣することにした。張騫は,使節募集に応じ,前139年(建元2)ごろ,従者100余人とともに出発した。現在の甘粛省を西にむかう途中,匈奴に捕えられ,10余年ののち,脱出して,大苑・康居を経て月氏に到着した。月氏はもはや匈奴と戦う意志がないことを知り,1年余りの滞在ののち,帰国の途についた。帰路で,再び匈奴に捕えられたが,1年ほどで脱出して,前126年(元朔3)に長安に帰りついた。のち,博望侯に封じられ,蜀(現在の四川省)より身毒(北西インド)へ至る通商路の開発を提案したが認められなかった。また,イリ地方の烏孫との同盟を結ぶため,前121年(元狩2)に正使として派遣されたものの,目的を達することができずに,前115年(元鼎2)に帰国し,翌年没した。彼の西域への旅行は,西域諸国の地理・風俗・物産などの知識を中国に伝えたことに大きな意義があった。