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●重源 ちょうげん

アジア 日本 AD1121 平安時代

 1121〜1206(保安2〜建永1)平安末期から鎌倉初頭にかけて活躍した僧侶。父は紀季重。13歳で醍醐寺に入り出家し密教を学ぶ。そのかたわら四国・大峯・熊野・葛城・白山・立山など各地の霊山を巡り修行を積んだ。また高野山に住し阿弥陀信仰にも熱心であった。1167年(仁安2)入宋して翌年帰国した。1180年(治承4)の兵火により東大寺の炎上するや,翌1181年(治承5)造東大寺勧進の宣旨を賜わり,以後その半生をかけて東大寺再建にあたることになった。1185年(文治1)には大仏の開眼供養,1195年(建久6)には大仏殿の落慶供養が行われ,またその再建の功により大和尚の号を授けられた。東大寺再建には天竺様大仏様)と呼ばれる宋風の建築様式が取り入れられた。天竺様式建築の現存するものとしては,東大寺南大門・播磨浄土寺浄土堂(兵庫県小野市)などがある。1206年(建永元)入滅。86歳。

〔参考文献〕小林剛『俊乗坊重源の研究』1971,有隣堂