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●中尊寺 ちゅうそんじ

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 京都貴族文化を超えた金色堂の多様な文化表現と,奥州藤原氏の権力ならびに文化志向を考究する上で重要な東北屈指の天台宗寺院。関山中尊寺。平泉寺ともいい,岩手県平泉町にある。円仁の東北遊化を機に開創,貞観年中に清和天皇から中尊寺号を与えられる。藤原清衡が勅命を受けて再興,その願文は今なお残り,前九年・後三年両役の戦没者の諸需供養を謳い強く胸をうつ。金色堂は天治元年の造営。堂自体が厨子,納骨堂の意を有した特異な仏堂である。遥か南方産の貝材を用いた螺鈿,一部アフリカ象の象牙の利用も当時の奥州藤原氏の実力をしのばせる。4代のミイラ,明白な地蔵信仰遺品の工芸技法に東北の地域文化の核心がうかがえる。寺塔40余宇,禅坊300余宇,落慶まで21年の大事業であった。建武元年,野火により金色堂と経蔵を除く建造物の大半が消失。戦後の金色堂修復は中尊寺研究に多くの新事実をもたらした。付近に基衡の毛越寺,秀衡の無量光院跡もある。