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●中国料理 ちゅうごくりょうり

アジア 中華人民共和国 AD 

 広大な土地と長い歴史を有する中国において,料理は,各地の多様性を吸収しながら長い時間をかけて今日の姿に発達した。世界に誇る中国料理の背後には,これを育んできた悠久なる中国文明が横たわっているわけである。

【中国料理の歴史】中国料理の発達は,中国の社会経済史的な発展と対応し,漢代と,唐・宋代が重要な画期としてあげられている。漢代に,醗酵技術が大豆に応用され,豆腐・豆乳・醤油などが,また,西アジアからの製粉技術の導入により餅や麺類が誕生した。次に唐・宋代において,きび・あわ類から米・小麦への転換が完了し,地理的な領土拡大に伴う果実・野菜類などの素材が増加する。また酪農製品を含む保存技術も洗練され,喫茶も普及し酒類も多様化した。調理技術の変化からみると,この時期に中華鍋を使ったカマドでの調理に移行し,料理自体も漢代型のシチュー中心から今日のような炒め物・揚げ物中心の料理に変化した。また宋代における都市の発達はレストランを含む外食産業を生み出し,洗練された地域ごとの料理体系が形成されるようになる。その後も明代に新大陸の食物が受け入れられるが,このような中国人の外国の食物に対する柔軟な態度が,料理に対する情熱とともに今日の中国料理の多様さを生み出したと言える。

【中国料理の特徴と各地の料理】今日われわれが知る中国料理は,唐・宋代以降形成されたものであるが,その特徴には,飯と菜の平行関係など,それ以前に形成されたものもある。菜の特徴としては肉・魚・野菜など多種類の素材と風味の混合を基本とする。中国料理の種類が多い根本的な理由はここにある。調味料も日本と比べ豊富で,バターなど乳製品を用いない代わりに植物油やラードを多量に使う。また基本的に魚にしろ野菜にしろ,生物は食べず必ず一度火を通して食べる。こうした中国人の食物観・料理観の背後には,食は不老長寿の薬であるもという「医食同源」の思想がある。またこうした思想ゆえに,数多くの本草書や食経が残されている。

 中国料理の系統に関しではさまざまな説があり,「東酸・西辣・南甜・北鹹」といった大ざっぱな分類もあるが,ここでは言語の分布に基づく分類を紹介したい。これはW.スキナーの,水系に基づく地域区分ともほぼ一致する。すなわち,北京・天津・山東菜等を含む北方系・四川系・湖南系,上海・南京・蘇州菜等を含む長江下流系・福建系,客家・潮州菜等を含む広東系の六つがそれである。

 現在の北京料理は山東料理を源流とし,これに北京や,各地の地方官吏のもたらした料理,および宮廷料理の伝統が渾然一体となってできたものである。土地柄,羊やあひる料理が有名である。また,南方の米に対し,北方では包子・餅・饅頭・麺などの粉食が常食となっている。四川料理は酸味とトウガラシ味が強いのが特徴。長江下流域は,『隨園食単』を書いた袁枚が南京に住んでいたように,中国料理にとっても一つの中心であり,魚貝類を中心とする多くの名菜がある。広東料理は犬や蛇などの肉からフルーツに至るまで材料の多いことでも有名であるが,華僑を多く送り出したところであるため,世界各地の中国料理店を通して広東料理が世界に知られる結果となった。このほか,地域区分とは別に,宗教に基づくものとして,仏教徒の素菜(精進料理),および豚肉を食せぬ回教徒の清真菜をあげる必要があろう。清真飯店は回教徒のいるところには必ずあり,清潔で味もよいということで一般の漢人にも好まれている。

【献立および料理の命名体系】家族にしろ客にしろ,食事を共にすることを非常に重視する中国では,接客の宴に関して,招待の仕方から献立・食べ方に至るまで一定の作法が定められている。宴席における献立は,涼菜(前菜)・料理・湯・点心という順序が基本となっている。前菜の後に出される料理を大件と呼び,この料理によって燕席・魚翅席・鶏鴨席というようにその宴席の等級が決まるとされている。出される料理は,同じ味付や調理法が続かないように変化をもたせなければならないし,偶数が好まれる中国では料理の数も四・六・八というふうに偶数で出されるのが規範となっている。スープは主料理の後に出され,これが出れば料理コースは終わりという意味になる。

 中国は文字の国だけあって,料理の命名も中国独特の趣がある。命名法は大別すると,(1)調理法や材料,切り方などを組み合わせたもの−−「炒鹹菜肉絲」(高菜の塩漬と肉−断わりがなければ豚肉−のせん切りの炒めたもの),(2)色や形,数を入れたもの−−「八宝菜」(八種の材料のとり合わせ),(3)地名・人名を入れたもの−−「麻婆豆腐」(麻さんのつくった豆腐料理),(4)物にたとえたもの−−「芙蓉蟹」(芙蓉の花のようにふんわりと焼きあげたカニと卵の料理)の四つに分けられる。中国料理の数の多さは,文字を入れかえれば限りなく増えるこうした命名法とも関連していよう。

【日本における中国料理】中国との長い交渉の歴史をもつ日本は,留学僧を通して食物や料理の面においても多くを採り入れ,日本人の好みに合うように改良してきた。普茶料理などの精進料理も僧の伝えたものである。しかし中国人による料理店を通して中国料理が一般に普及するようになったのは,明治時代後半からのことである。

〔参考文献〕篠田統著『中国食物史』1974,柴田書店